【踊るように】
ーー彼に手を引かれる
この日のために用意した綺麗な淡い青色のドレス。
シンデレラみたいで素敵ねと友人からも好評だった。
ーー彼にエスコートされる
彼はとてもハンサムだ。
周りの女が放っておかないだろう
ーー彼は愛している
私は知っている
ーー彼は、私の…私の父の地位を愛している。
中身はとても下品で、金と出世のことしか頭にない
ーーそんな彼と踊る
今日は私が自由でいられる最後の日だ。
ーーそんなこと彼は気づかない、気づくはずもない
私が私でいられる最後の時間、
淡い青色のドレスはふわりと広がり、ホールに大きな花を咲かせた。
【優しくしないで】
いつからだろう、クラスのみんなに僕が見えなくなったのは。
いつからだろう…いつ間違えたんだろ。
そんな時、転校生の君が来た。
僕のことが見える唯一の人間。
『隣の席だねよろしく。』
「…」
けど、いつかどうせ見えなくなるんだろうから、
関わらない。関われない。
「僕に関わらないで…」
転校生は諦めず僕に話しかけた。
他の人に沢山声をかけられてるし、僕なんかいらないだろうに。
『一緒にご飯食べない?』
「食べないです。」
『お腹すいてない?』
「…」
僕が去った後、すぐに他の人に昼食に誘われている転校生。それでいい。他の人と同じになってしまえばいい。
『ねえ、なんであいつのこと無視してるの?
気分悪いからやめた方がいいよ。
声掛けてくれてありがと、友達は自分で選ぶから。』
教室の外。中から聞こえるその声に胸が震えた。
やめて。やめてよ…。
幽霊世界に慣れてきたのに、今更戻れないよ。
君のせいで、世界が崩れてく。戻っていく。
ねえ、それ以上優しくしないで。
【月夜】
『綺麗な月が好き。特に満月が。』
そういい、
君は、今日も飽きずに望遠鏡を覗き込んでいる。
今日は月に1回許された、天文学部・屋上観測会。
部員は、幽霊部員を含めて5人。今日の参加者は、2人だけ。
天文学部は人気のない部活で、同好会状態だ。
おかげで部費はさほど援助されず、合宿は学校か、
近くの山か土手の3択である。
「うーさむ。」
冬の方が空気が澄み星が綺麗に見えるが…寒くてかなわない。耐えられず、望遠鏡を持っていた手を勢いよく自分のポケットに突っ込み、白い息を吐きながら君を見た。
毎度毎度飽きずによく見るな。
真剣な横顔で、ピントを合わせる君にそんなことを思う。
もちろん君はそんな視線には気づくはずもなく、ひたすらに月や星を見ている。
「本当に宙が好きなんだな。」
『好きだよ。大好き。』
君は、鼻の上を真っ赤にして、満足そうにニコニコ笑いながら宙を指さす。
『直接触れないし、見れない。海よりもっともっと遠い遠い存在で、なんだかワクワクしてこない?』
僕は気の利いた返事なんて思い浮かばず
「ああ。そうだな。」
と無愛想な返事を一言し、自分のピントの合ってない望遠鏡を覗くふりして誤魔化した。
2人で静かに宙を見る。望遠鏡に齧り付く。
さて、今日は何を見ようか。
金星、一等星、輝く星は沢山あるが、
やっぱり今日も月を見ていよう。
月の使者が君を連れ去りに来たら大変だから。
【一筋の光】
私は今埋められている。
土の中。酸素は薄い。
さっき来た大災害に巻き込まれてしまったのだ。
駿河湾から日向灘沖を震源地とする、南海トラフ地震。
震度6強の揺れに見舞われ、昨晩の雨で緩くなっていた土砂が私に降り注いだ。
うちは山間部だから津波は来ないと正直油断していた。
━━30年以内に起きる可能性は70パーセントです━━
真っ暗闇の中、ニュースの言葉がずっと脳を駆け巡る。
あんなに備蓄をしっかりしていたのにな…。
それにしてもここは重くて、暗い。
昨晩の雨に濡れた土は泥となり、私の身体に密着している。動こうとすればするほどに、私の身体に張り付いてくる。
動き疲れた私は、来るかも分からない助けを大人しく待つことにした。
何秒、何分、何時間が経ったのかすら分からぬ暗闇。
目が慣れることの無い闇は、私を益々不安にさせる。
いっそ地獄のような光景でもいいから、この目に入れたいとさえ思った。
何も感じなかった体が、冷たい何かを感じた。
ミミズだ。ミミズが顔の近くを張っている。
今すぐにでも払い除けたい衝動で、右手を動かすがビクともしない。どうしようもなく、ただその気持ち悪さを堪え、されるがままにミミズを散歩させた。
もう嫌だ。早く出たい。
目を閉じて、次起きた時には光の中に居たい。
そんな願いも虚しく、暗闇が続く。
遠くからカラスの鳴き声が聞こえる。明け方なのだろうか?とっくのとうに、時間間隔など分からなくなったはずなのに、体に備わった時計は夜に睡眠を取ることを覚えていたようだった。
お腹がすいた。
カラスの声に混じって、犬の吠える声がした。
まだ遠いが、頑張れば声が届くのではないだろうか。
助けて、ここにいます。助けて!!!
大声をだすが、近づいてくる気配は無い。
どうしたらいい、今を逃したら助けはいつ来るんだ、
死にたくない、こんな暗闇もう嫌だ。
━━土に埋まってしまった時には、排尿しましょう。
災害救助犬の鼻が匂いを捉えやすくなります!━━
いつか見た動画の言葉を思い出した。
普通の人間なら抵抗してすぐに行動に移せないだろうが、私は違った。
死ぬこと以外に怖いことなんて、今は何も無かった。
どうか神様、私を助けてくださいと。
心から願い、大声をあげながら排尿するさまはきっと無様なものだろう。そんな私を神は救うのだろうか。
しばらくして
私を救う神のような声が聞こえた。
【どこまでも続く青い空】
『海と空が広がって、繋がっている!』
海に来る人間はよくそういう。
魚の私に言わせれば、
空は海と繋がることは永遠になく全くの別ものだ。
海から顔を覗かせてみても、この海と繋がっているはずの空には私のヒレは届かないのだから。
見上げれば、海と同じ色の大きな大きな青空が見える。
海を映す鏡のようなその姿に、魚の私が憧れを抱いてしまうのは罪なのだろうか。
1度でいいから、空に飛び込みこのヒレで空を掴みたい。
そう思うのは、罪なのだろうか。
そんな考えに溺れながら、波の奥に空を見ていた。
重力に呑まれ、眠りに落ちるようにゆっくりゆったり
わたつみへ沈んでいく。
羨ましい、私も空飛ぶ鳥のように自由に空を泳ぎたい。
今の姿では無理なので、そっと目を瞑り神に祈った。
悲しげに物語ったあと、
彼女はその陶器のように白く美しい腕を日に透かした。
「神なんていないのかもね。」
そう呟く彼女の横顔は、この憂き世でも自分の手で空を泳げないことを、悔やんでいるのように見えた。