めしごん

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5/19/2024, 12:11:36 PM

突然の別れ



それは稲妻がもたらした出会いで、別れだった。
リンカーンは孤児である。町外れの教会に育ててもらい同じような境遇の子供たちと、猫の仔のようにくっついたり離れたり賑やかな幼少期をすごした。
長じてから洗礼を受け教会を継ぎ、当時の牧師家族を見送ってからは一人、この施設を維持するために孤軍奮闘していた。
そんな時だった。
突然の土砂降りと雷鳴の中、一人の貴族の青年がふらりと教会に迷い込んできたのだ。

(何事だ!?)

「雨宿りの方ですか?これは酷く降られましたね」
「ああ、……すまないが少し滞在させて欲しい」
「勿論です。今なにか拭くものをお持ちしましょう」

(貴族の坊ちゃんが一人でどうした、迷子かぁ?)

びしょ濡れの彼に仰天したリンカーンはあれこれとつきっきりで世話を焼き、居住区から取ってきた清潔で乾いた布で頭を拭いてやる。向かい合ったら彼の方が僅かに背が高かったのでリンカーンは少しムッとする。

(さすがお貴族様はいいもん食ってやがる)

ケッと胸中で吐き捨てた。自分だって育ち盛りの時分に栄養のあるもんを食っていれば、今頃は!彼は平均より少し低い身長にコンプレックスを持っていた。
軒先を貸し、乾いた布を手渡すだけで充分だったと言うのに、まるで過保護な母のようにあれこれと世話を焼く彼に、何故か脱力し、されるがままだった青年がうっそりと顔をもたげる。
これでうちを気に入ってちっとでも寄進してくれたらいーなー、程度の気持ちでいたリンカーンは、息を飲んだ。
凄まじい美貌だった。
濡れた黒髪の隙間、長い睫毛が震え金色の双眸がとろりとリンカーンを見詰める。まるで毒蛇の眼差しのようだった。
思わず髪を拭いてやる手を止めたリンカーンだったが、その手に彼の長い指が重なる。ひやりとした、温度のない肌だった。

「決めた、」
「何がです」
「君を私のものにする」
「はぁっ!?」

突然に一方的で無礼な宣言をかました美青年は、唇の端だけで微笑んでぎゅっと彼の手ごと指を握りこんだ。

「今日はこれで帰るけど、いや、いい拾い物だった」

(ちょっと待て!まさか変態貴族の稚児になれとかそういう話か!?)

ガラピシャーン!と、頭上で雷鳴が鳴る。突然差し迫った尻への危機に恐怖していると、青年貴族はふと笑った。

「多分今君が想像している事も思い当たるけど、とりあえず私は女だよ」
「はぁッ!?」
「あと無理矢理手篭めにはしない。嫌われたら悲しいからね」
「はアッ!?」
「また来るね。今度はちゃんと口説きに」

声をひっくり返すリンカーンの強ばった指先に、あろうことか、ちゅ、と口づけて、唐突に彼、いや彼女は雷鳴と共に教会を去った。
後に残ったのは濡れてしわくちゃになった布と呆然とするリンカーンだけ。

「何だったんだ……今の……」

たったこれだけの邂逅であったのに、何故か大事なものを散らされた心持ちのリンカーンだった。


5/19/2024, 7:23:06 AM

(雑感です)


恋物語。
すっかり興味なくなっちゃったわね、とおばさんのような呟きをひとつ。いやおばさんのような、ではなくはっきりとおばさんそのものなんですが。わはは。

恋や愛はともかく、この歳まで一人でいると、仲の良さそうなご夫婦の絆が羨ましくなります。
全くの他人が出会って、恋して、が出発点なんですよね。
あっ、お見合いなどもあるだろうしそうとは限らないか。まあとにかく。

惚れた腫れたの恋物語は全く羨ましくはないのですが、老いも若きも、それぞれ色々なことを乗り越えて、長年支え合って歩んでこられたんだろうな〜という仲の良さ、絆の濃さ、そういう夫婦仲に当てられてたまに泣きそうになる訳です。こういう時孤独って染みるぜ。


5/11/2024, 9:10:09 AM

(雑感です)


モンシロチョウと聞くと、以前の職場にいた兼業農家のパートのおばさんのことを思い出します。

その方、モンシロチョウに限らずちょうちょが畑にいるのを見かけると、網持って追っかけると仰る。別にちょうちょ大好きな訳ではなくせっかく作った畑の野菜に卵産むから、にくったらしくて!ということでした。

確かに手間暇掛けて育てたものを青虫にムッシャムッシャ喰われるの、相当腹立つよな、と納得するやらおかしいやら、仕事の合間の雑談でした。


4/10/2024, 10:35:31 AM

(雑感です)


春爛漫

という言葉も好きですが、大昔、10代の頃に読んだ少女小説で使われていた、

絢爛の春

という言葉が忘れられません。
とりどりの花が一斉に咲く絢爛の春。
なんて美しい言葉だろう。

とか思っていたら、当の作者様がカクヨムで当時の代表作をセルフリメイクしてらした!わー!懐かしー!嬉しいー!

という雑感でした。日々是好日。

4/8/2024, 11:12:51 AM




リンカーンの日常はほぼ判で押したように平穏だ。夜明けと共に起きだし朝の祈りを捧げ、ささやかな朝食を食べ、オンボロ教会の修繕や水汲みなんかをしながら時折やってくる信徒達の悩みを聞いたり簡単な治療をする。午後からは近隣の子供達の勉強を見てやったり教本を読んで過ごしたり、日が暮れば祈りを捧げ、賑やかだがただひたすら穏やかに日々を暮らしていた。だが。

(だと言うのにだ!)

ひょんな事から女大公、オルフェ・カーランド公と出会ってから日々の調律は狂いっぱなしだ。

『私はあなたが欲しいんだよ』

ついうっかりあの夜の底を這うような眼差しを思い出して、ボフンと火を吹きそうなほど顔を真っ赤にしたリンカーンは、慌てて頭の上で両手をバタバタと振った。

「悪霊退散悪霊退散!きえぇぇええっ!!」

時折思い出したようにふらりと茶をねだりに来る程度だったが、あの煌びやかな女大公は、産まれた時から孤児であり清貧を旨とする教会に育てられたリンカーンには充分な爆発物だった。

(道を踏みはずす前に拒絶せねば!そう!断固として!!)

だが今ではこうして瞑想の時間にすら(あくまで彼の頭の中で、だが)ひょっこり顔を出してくる始末である。

「あっ!?そういえばそろそろ説法の日だ、明後日辺り、アイツが来る頃じゃないか!?」

女大公の訪問は気まぐれではあるのだが、数をこなすうちにだいたいの訪いのタイミングを読み始めた勤勉な牧師である。人は学ぶ生き物なのだ。

「茶を用意しておかないと喧しいからな……仕方ない、買いに行ってくるか」

先月の寄進により幸いまだ懐は暖かい、出処はまあ…考えない事にする。別に茶など出さなくても「牧師殿には僅かな楽しみすら許されないのかい?」などと軽口を叩かれる程度なのだが、まさか天下の大貴族に何ももてなしをしない訳にもいくまい。大枚の寄進を叩いてくれる相手であるし。

「別に……がっかりした顔が見たくないから、なんて軟弱な理由じゃないからな!」

誰にともなく怒鳴り散らし、まさか悪霊呼ばわりした相手にほだされかけているとはつゆにも思わず、頭から湯気を立てながら買い物カゴを振り回し、かの大公のおん為に自ら茶葉の買い出しに向かうリンカーンであった。




(これからも、ずっと)

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