美しくマントが舞う。芸術とも呼べるその姿に人々は感動する。
可憐なる姿は“闇夜の不死鳥”。本人はダサいから嫌と言っているが、周りはその名を聞くと背筋を凍らせる程恐怖を覚える。
「わたしですか?私は端くれの怪盗。……まぁ、その辺では不死鳥なんて言われてますが、わたしはこの名嫌いなんですよね」
のろのろとした口調からは、恐怖のきの文字すら想像できない。しかし獲物を狙う瞬間だけは豹変する。
狙った獲物を確実に、一瞬で。どれだけ怪我をさせようとしっぽを掴もうと、必ず逃げられ闇夜に蘇る。
「厨二病みたいで好きじゃないんですがね。まぁいいです」
今日も闇夜にやってくる1羽の鳥。その姿はまるで不死鳥のように。
『鳥のように』
捨てないでってずっと思ってた。
いなくならないでってそう思ってた。
でも捨てたのはそっちの方だったんだ。
ドラマみたいだ。
全くおなじ様に愛された人がもう1人。
それも自分の友人だなんて。
最低だ。
さよならを言ってくれ。
謝罪も何もかも要らないから。
……さよならって言う前に、全部嘘だったって言い切ってくれ。濁さないで。本当に好きだったなんて、
最低だ。二度と幸せになれるなんて思うなよ。
『さよならを言う前に』
空模様は暗く、心は荒み真っ黒に染まる。
全部大っ嫌いだ。
『空模様』
鏡よ鏡、世界で1番……。
自分の醜い笑顔が映る。どんよりと黒ずんだ瞳、ボサボサの髪の毛、荒れ放題の肌。もう何日家から出ていないだろう。お風呂に入ったのはいつだったかな。
喉が拒否するご飯を少し食べて、水を流し込む。あとはもう死ぬだけなんだと悟っていた。
鏡に映る自分が気持ち悪くて、自分を叩き割った。パリーンッ!!と鈍い音がして心做しかすっきりする。
「……はぁ」
深いため息が漏れる。手がジンジン痛み出して赤く染まっていく。乱雑にぐしゃぐしゃの包帯を巻いて、プレイ中のソシャゲに目を戻した。ゲーム内の新キャラが声高らかにセリフを読み上げる。
「鏡よ鏡、世界で……」
白雪姫をモチーフにしたキャラクターのそんなセリフが聞こえてくる。鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい。ロードの暗転でスマホの画面が暗くなる。
パッと映った自分の顔が恐ろしくて、また自分の顔を叩き割った。
『鏡』
古びた金属の関節部を、ギシギシと音を立てて旧型のアンドロイドは首を傾げた。壮大なメモリデータを整理していたところ身に覚えのないデータが出てきたからだ。
「幼い少女とのデータ……これはどこの花畑でしょう」
自身の中のデータを分析して、いつどこで記憶したデータなのかを分析していく。そのデータはおよそ50年ほど前のデータだった。
「50年前……誕生してすぐ記録されたものだ」
いくら旧型と言えど、1度記録したデータは忘れるはずがない。それなのにすっぽりと記憶から抜け落ちているのだ。旧型アンドロイドは少女との会話メモリを再生してみた。ジジッ、と鈍いノイズの後可愛らしい声が聞こえてくる。
「アンドロイドさんはいつまでここにいるの?」
「ずっとだよ」
「そうなの?」
「うん」
「楽しくないね」
「たのしい?」
「んーと、……ワクワクしないね」
「わくわく」
「……ねぇアンドロイドさん、何でご飯は美味しいと思う?」
「それは旨味を感じる器官が人間にあって、食材にも……」
「違うよぉ」
「違う?データに間違いはありませんよ」
「聞いた事なぁい?ひとりで食べるよりふたりで食べた方が美味しいんだよ!」
「あぁ、あれはそう感じているだけで実際は……」
「ちーがーうー!アンドロイドさん!!ふたりで食べた方が美味しい事理解できたら、もっともーっと楽しくなるよ!」
「それではデータに登録を」
「む!データとかじゃないの。次会う時までに理解してきて、約束!!」
「分かりました。約束としてデータを記録しておきます」
「うん!」
約束した時から時間だけが経っている。何ひとつ理解出来ていない。あの少女はどうなっただろうか、まだこの街にいるのだろうか、それとも。
データを破棄してしまえばなかった事に出来る。旧型アンドロイドはデータ消去の回路に手を伸ばしたが、メモリの片隅に約束をしまい込んだ。
『いつまでも捨てられないもの』