「初めまして!」
未来からきた、自称俺の彼女。どうやら2人巻き込んで車に轢かれそうになった所、目を瞑ったら自分だけ過去の俺の前へ来たらしい。
とは言っても今の俺に彼女はいないし、1年後に付き合うなどと言っているが本当だとしても怪しすぎる。
「……俺の趣味は?」
「ゲーム!特にFPSが好きでPCゲーをしてるよね、𓏸𓏸とか××とか!」
「……俺の嫌いな食べ物は」
「ネバネバしたもの。納豆とかオクラとか。あと夏野菜もあんま好きじゃないよね」
「……俺の年齢」
「今年の6月で23歳になった!」
「…………あってる」
何を聞いても全部合っている。ストーカーかとも思ったがそんな事されていた記憶はこれっぽっちもない。
「お前の名前なんて言うの」
「∅∅です!」
「ふーん……」
「ここ以外に行く場所ないの!過去の自分に会う訳にもいかないし…少しの間だけ!」
最終的に折れたのは俺だった。付き合い始める1年後までに帰る方法を見つける、それまでこの家に住む。但し家事洗濯はほぼして貰う。それを条件に許可を出した。
一緒に住み始めて数ヶ月。こいつは俺の生活の1部になっていた。家に帰ったらご飯が出来ていて、洗濯物も全部してあって、いる事が当たり前。今日もいつも通り帰宅した。
「ただいま」
普段ならすぐ返事がくるはずなのに返答がない。寝ているのか、とリビングや寝室を探したがいない。お風呂場のトビラをガラリと開けると、真っ暗の中座り込んでいる∅∅。
「お前こんなとこで何し、て……」
∅∅の手首からどばどば血が溢れ、座っているところに血溜まりが出来ていた。∅∅はこちらを見るなりボロボロ泣き始め、咄嗟に抱きしめる。
「何してんの」
「……わたし、……わたし、いる?」
「…………要らなかったら元々住ませてねぇ」
「後ちょっとで、帰らないといけない……」
「あぁそうだな」
「かえっ、たら……帰っちゃったら、」
__貴方に会えない。
そう言った。…未来の俺は、きっと、……死んでいるのだと思う。どんな方法でこいつが未来からきたかは分からない。でも、どうしようもなく辛くなって過去に来るなんて禁忌を犯したんだろう。
「……お前がきたから、俺らの未来は変わるだろ」
「……うん」
「この世界の、今から出会う∅∅を幸せにするから」
「…………っ、うん……」
「だから、あと少し、一緒にいよう?」
「……ぅん、ッ……」
たかが数ヶ月、されど数ヶ月。アイツは俺らが出会う1週間前に帰っていった。眩しい光に目を閉じて、開いた時にはもういなかった。
そして、この世界線の∅∅。絶対幸せにすると、そう決めた。
決めたはずだった。
ふわふわした意識。ものに触ろうとすれば手はすり抜け、壁を貫通して通れてしまう。……俺は死んだんだ。治療方法の無い病気だった。
∅∅を空から見守る。ヘンテコな魔法陣の真ん中に立ち、呪文を唱え出す。
待って、また、過去の俺に、
眩い光に包まれて彼女はいなくなっていた。この世界線の∅∅も過去へ行ってしまった。もう、止められない。
自傷、俺の彼女。
『未来』
「辛いでしょ?苦しいでしょ?逃げたいでしょ?私が貴女の代わりに生きてあげる」
自分自身にそう言われたのが1年前。
私は変わった。喋り方もファッションも考え方も全部。自分の中の本当の自分を抑えるのは容易い事だった。
代理さんの方が世渡り上手で、他人に好かれてて、仕事もできる。
「貴女のいる意味は?」
そう嘲笑われた様な気がして、私は、
「1年間“貴女”の事は誰も呼んでないの、分かる?」
「皆、“私”を呼んでただけ」
私は、“私”は、…………
だれ?
『1年前』
栞を挟んで本をパタリと閉じる。これでもう15冊。時が流れるのははやいなぁ…なんてしみじみ考える。
「次、もうきてるよ。読むペースあげて」
…もう少しゆったり読ませてくれたっていいのに。ボクまだ見習いなのに。
「本に好き嫌いつけちゃダメでしょ」
だってこの本好きなんだもん。奇想天外な展開で他の本とは180度違う。全部面白いけど、特に面白いんだもん。
「選別、はやめにね」
……皆幸せに眠らせてあげられないの?
「天国があるなら地獄も必要なの。で、この人はどうする?」
んー…この人の本は、強盗して刑務所に入ってる間に終わっちゃってるみたい。本当ならここから更生する物語が綴られた筈だけど…。
「地獄でいいわね」
うん。次回作に期待かな。
「……その本、ずっとちびちび読んでるけど。はやくおくってあげてね」
好きなんだもんこの本。この人面白いんだよ。ずっと読んでたい。
「あまりココに滞在させると魂がさまよっちゃうでしょ」
……ごめんなさーい。じゃあこの本は地獄行きでいいよ。
「…地獄行きの本が好きとか物好きね」
こういう作業してると刺激求めたくなっちゃうんだよね。また好きな本に出会えたらいいなぁ…。
『好きな本』
ゆっくり歩く。ゆっくりゆっくり、1歩ずつ確実に。僕のご主人様を探すために。
僕はいつもの散歩道しか分からないけれど、道はたくさんひろがってる。歩けばどこかへは辿り着けるかな。
お腹、すいたな。何日もたってるから、ぺこぺこになってきちゃった。
雨、降ってきた。雨の日は遊べないから嫌いだったけど、今はそんな気持ち贅沢だったんだって気がついたよ。
気がついたから、もうわがまま言わないから。ごめんなさいしたら許して貰えるかな。何がダメだったんだろう。おやつねだりすぎたこと?散歩の時走っちゃったこと?もっと撫でて欲しいって、ごろーんしたから?
ごめんなさいするから……。
ご主人様が言ってた気がする。「空はどこでも繋がってるんだよ」って。何色かすら分からないあいまいな色の空でも、きっとご主人様と繋がってるよね。
呼吸がはやくなってきちゃった。息できないよ、ご主人様、ごめんなさい、あいたいよ、ご主人様、、
「やっといなくなった」
『あいまいな空』
紫色のあじさいが鮮やかに咲き誇る。
男女は手を繋いで公園沿いを歩いていた。しんしんと雨が降る中、傘をさして手を繋いで。
「貴方みたいね」
ぽつりと女性が呟いた。
「お前もな」
お互い様。そんな言葉が良く似合う。お互いに他の人と関係を持っているのは分かっていた。二人の関係性は都合が良かった、ただそれだけ。
お互いがお互いの駒。そこに特別な感情を抱けば脆く崩壊してしまう。女性が紫色のあじさいを指さして問いかけた。
「この色の花言葉知ってる?」
「あぁ、知ってるさ。花言葉は__」
浮気、だろ?
『あじさい』