見送りはいいよ、って言ったのに、ケイくんは駅まで来てくれた。改札の中までついてきてくれて、列車が来るまで荷物も持ってくれた。
「……ありがとう」
本当にそう思ってるけど、今のあたしの言い方は世界一ブサイクだったと思う。顔も、テンションも声のトーンも何もかも。これでしばらく会えなくなるって言うのに。なんでこんな可愛くない態度取っちゃうのかな。どうして素直になれないのかな。
「環境変わると体壊しやすくなるから気をつけてね」
「そんなこと分かってるよ」
「ならよかった」
にっこり笑ってケイくんは私の頭に手を伸ばす、のをまた引っ込めた。多分、頭なんか撫でたらあたしが“子供扱いしないで”って怒ると思ったからだろう。そんなふうに言わないのに。今日だけは、今だけはもう、別れを惜しんでただただ寂しい気持ちでいっぱいなの。それを簡単に口に言えたらいいのにできない。やっぱりあたしはまだまだ子供だ。
「あ、来たよ」
汽笛を鳴らせて列車が向こうから近づいてくる。あれに乗って、あたしはこの街を出て少し離れた地へ向かう。そこはきっと、時間的にも金銭的にも大人じゃないと気軽には来れない場所。あたしと3つくらいしか違わないケイくんがそう簡単に会いに来れるなんて思えない。それでも。
「元気でね。会いに行くからね」
ケイくんのその言葉が耳に沁みて、思わず涙が出てしまった。ぼろぼろと両目から溢れ出て、ケイくんの顔がうまく見えない。
「泣かないで。永遠のお別れじゃないんだよ」
そう言って、ケイくんは今度こそあたしの頭を撫でた。あったかくて大きな手が優しかった。
ありがとう。あなたがいてくれてよかった。あなたのこと、好きになれてよかった。きっとその気持ちを今なら言える。あたしは1歩ケイくんのほうへ踏み出す。そして、頭2つぶんくらい大きい彼に向かってぐっと背伸びをして飛びついた。
「濡れるよ。入れば?」
照れも焦りもせず君が言った。ぼくのほうがこんなに真っ赤になって恥ずかしい。
「……ありがとう」
「どーいたしまして。ね、アンタのほうが背高いんだから持ってよ」
ずい、と君は傘の柄の部分を押し付けてくる。言われるがままそのとおりにした。その際なるべく右側に傾けて傘をさすけど、そのことがすぐにバレて僕は怒られる。これじゃ意味ないでしょバカ、だって。
意味はあるよ。有りすぎだよ。こんな展開誰が想像しただろうか。ここ最近僕は何か正しい行いをしただろうか。何か徳を積むようなことを実践したのだろうか。全くもって自覚がないけど、多分神様が僕の何かを見てこんな展開にしてくれたんだと思う。
「あーあ。明日も雨だって。サイアク」
「仕方ないよ、梅雨入りしたんだから」
「……アンタ少しは冗談とか言えないわけ?」
至近距離からジトリと睨まれ僕の目線は行き場を無くす。こんな時に冗談なんか言えるわけないだろ。頭の中では反論しながらも必死に“冗談”を考える僕って。
「だぁから、“雨のおかげで君と相合傘できたよ”とか、言えないの?」
「え……」
だって、それって。
冗談じゃないじゃないか。
事実なんだから、簡単に言えやしないよ。
久しぶりにあの夢を見た。
母さんが喚く。
机のものが散らばる。
グラスが落下する。
ガラスの割れる音。
劈くような鳴き声。
罵声、怒鳴り声が僕に浴びせられる。
あんたなんか生まれなきゃ良かった、と。
いつの間にか握り拳を作っていた。
爪の跡が手の中にくっきりとついている。
夢だったんだよな。
もうこれは終わったことだ。
僕はもう、あの時の“僕”じゃない。
誰に何と言われようと、僕はもうあの日に還らない。
だってそうでしょ。
誰も僕を助けてくれなかったんだから。
なら自分で変わるしかない。
だからあの頃の“僕”を形成するもの全部棄てた。
故郷も名前も戸籍も全部。
でも、頭の中身だけは棄てられない。
こんなに無駄なもので埋め尽くされてるのに、
どうしたって綺麗にデリートできなくて。
そう悩みだす頃にまた、あの悪夢を見る。
忘れるな、と言われてるような気がして目眩がする。
もういい加減解放されたいのに。
僕にどこまでもついてくるあの日々が、憎い。
君の未来に僕は必要ない。つまりはそういうことだろ。キミは僕がいなくたって生きていけるさ。
だってさ。馬鹿じゃないの?あれでかっこつけたつもり?キモいっつーの。
アンタなんかこっちから願い下げよ。アンタの言う通りよ。あたしの未来にアンタは必要ない。
とんだ無駄な時間過ごしたわ。
連絡先、消すね。写真とか履歴の諸々も抹消するから。
なにかあってももう連絡してこないでね。迷惑だから。
さよなら。
ばいばい。
お達者で。
1ミリくらいは楽しいと思えてたなんて、死んでも教えてあげない。
昨日書くのすっかり忘れちゃったので、
今日と昨日のお題2つ使って書く。
1年前にキミが言ったこと、覚えてる?
“来年またここに来れたらいいね”。
あの時のキミは嘘偽りなくそう思ってただろう。分かってるよ、それは僕も信じてたから。でも色々あって、環境が変わったり価値観が少しずつずれていった。キミが言った、“来年ここに”来ることは叶わなかった。
それでも、あの日の僕らは間違いなく幸せだったよ。あんなふうになってしまったけれど、それは必要な選択だったんだ。何より、2人で出した答えだったんだから、何も後悔なんかしてないんだよ。
これで良かったんだ、大丈夫。
悔いなんか、これっぽっちも。
あれから1年経ったわけだけど。相変わらず僕はパッとしない日々を過ごしてるよ。キミが大好きだった本、1年かけてようやく読み終わったんだ。叶わない恋に溺れる女性の話。もしかしてキミは、あの話の中の女性と自分を重ねていたんだろうか。物語の中では、恋に破れてひっそりと出ていく展開だった。キミも、いつのころからか僕から気持ちは離れていて、僕の前から姿を消す頃合を伺ってたのかな。
そんなことを今さら思って、したくない後悔をしてる。僕の気持ちは1年前から止まったままだ。まだどこかでキミの姿を探してる。早く解放されたいのに、いつまでもキミの面影を追い掛けている。