だから別に当てになんかしてないって。
うぬぼれないでくれ。
僕がお前なんかの力を借りると思うか?
逆だよ。
お前なんかにバラさなきゃ良かった。
話した僕が馬鹿だった。
ああもう最悪だ。
この展開も、お前も、僕自身にもえらく幻滅したよ。
お前はそうやって、同情してるフリをして腹の底じゃ笑ってるんだろ?
良かったな、お前のシナリオどおりに事が進んで。
さぞかし楽しいだろうね?
最悪の事態になった僕を見れて良かったじゃないか。
これでお前は満足か?
安心してくれ、金輪際お前とは会わない。
ああそれと。
お前は僕のことをさっさと忘れるだろうけど、
僕は死ぬまでお前のことを忘れないから。
これからもよろしくな?
言えるもんか。
だって、それを知ったら君は僕のこと避けるだろ。軽蔑するだろ。友達やめるだろ。
君との関係を壊すくらいなら、言わなくたっていい。そういう場合だってある。僕のためでもあるし、君のためでもある。だから分かってくれよ。これ以上追求しないでくれ。
でも本当のこと言うと。
それさえも、全部知ったうえで君には友達でいてほしい。僕の全部を受け入れてほしい。
決して言えないけどね。
これって一種の独り善がりってやつなのかな。
毎日毎日。頑張って、動き回って、無い頭をフル回転で使って、世の中の役に立ってるって思って頑張ってた。
そう思い込んでるだけだった。
結果的には私のせいで今回のプロジェクトは白紙になってしまった。物事の顛末に理由を付けたがる上の人達は私を名指しして牽制した。それをすることで、周りの人達にも示しが付くと思ったのだろう。
アホくさ、と思った。
会社は組織。団体行動。皆が右向きゃ自分だけ左は許されない。黒い羊なんて必要ない。
そんな集まりのなかで、何を期待されて頑張ってたんだろう。此度のことで、私の心は大きく傷ついた。自尊心なんて、そんもの初めからないと思ってたけど、私も人の子だ。信頼してた人から罵声を浴びせられたり、1人で抱えるべきでないものを押し付けられればそりゃメンタルも崩壊する。嫌になる。投げ出したくなる。自分を、辞めたくなった。
ここはもう私の居場所じゃないと思った。組織の人達と同じ色に染まれなかった。ならばこれ以上ここにいたって無意味だ。だから辞表を出して自ら去った。負け犬だとか、弱虫みたいなことを言われたかもわからないけど、もう誰の言葉も耳に入ってこなかった。
小さく溜め息を吐き、ドアノブをまわした。独り暮らしを始めた時は、毎日が無駄にわくわくしていたけれど。今はもう陰っている1LDKの部屋。確かにあの頃よりは物が増えたけれど、こんなに狭かっただろうか。薄暗い、陰湿さが漂う部屋で1人膝を抱えて泣いた。悔しい悔しい悔しい。あんな奴らのために涙を流すなんて。自分が非力で無能なんだと思い知らされてるかのよう。
当然、私の肩を抱く誰かなんて存在しない。泣いていいんだよ、と甘い言葉をかけてくれる人もいない。退職も泣くのもここにいるのも、決めたのは全て自分。なのにとてつもなくやるせなかった。
気の済むまで泣けば答えは出るだろうか。分からないけど、今はどうしても涙が止まらない。
昼過ぎから雨が降っていた。天気予報なんて見ないアイツはおそらく傘を持っていってないだろうから、駅の改札まで迎えに行くことにした。
17:00ジャスト。間もなくして、彼女の乗っているらしき電車がホームに滑り込んでくるのが見えた。人が疎らに階段から降りてくる。ちゃんと傘を持っている者は半数以上だった。残りの、持っていない人はそのまま隣のコンビニに行ったりタクシー乗り場に並んだり。
アイツはもし、俺が迎えに来なかったらどうするつもりだったのだろう。ふとそんなことを考える。考えているとその人物が階段からゆっくりとしたペースで降りてきた。
「あれ、なんでいるの?」
「迎えに来てやったってのにそんな言い草はなんだ」
ほら、と持ってきた黄色い傘を渡す。隣の家同士ってだけでここまで世話焼きな俺もどうかしてると思う。俺は暇人以外の何者でもない。こいつの彼氏ですらない。
「ありがとう」
ぼそりと呟いて俺から受け取った傘を開いた。黄色い花がぱっと雨空の下に咲く。でも、そんな元気な傘とは正反対に、彼女は背を小さく丸めていた。いつもより明らかにテンションが低い。
「今日、告白したんだけど、フラレちゃったの」
言いながら彼女は歩き出す。俺もやや斜め後ろをついて行く。傘のない高校生の集団が自転車に飛び乗って全力立ちこぎしてゆくのが見えた。喧騒はおさまり、雨音と俺達の足跡しか聞こえなくなる。また1つ、彼女が口を開いた。
「傘、ありがとね」
「別に」
「もし無かったら、このまま濡れて帰るつもりだったんだ」
そんなことしたら風邪引くだろうが。俺は正論を言おうとした。でも、斜め前の黄色い傘が小刻みに震えていた。それが分かったから、言えなかった。じゃあ他に何を言えば良いだろうか。考えても、うまい言葉が見つからなかった。失恋と雨は似合うな、なんて、場違いなことを思いながら、家につくまでずっと、俺は彼女の斜め後ろを歩いているだけだった。
正直。
君って僕のこと好きなの?
ああ、別に隠そうとしなくていいんだよ。多分そうだろうなとは思ってたからさ、今更そんなよそよそしくしないで。
で、どうする?僕のこと好きなんでしょ?だったら今から告白すれば?
だって、このままずっと影からこっそり見つめてたって何にも始まらないよ?だったらちゃんと想いを伝えないといけないんじゃないの?
……え、何、余計なお世話だって?……信じられないな、僕がこうして最適な提案を持ちかけたって言うのに。しかも、誰からでもなく、この僕からだよ?なら勝算も間違いなくいいって、気づかないの?
は?何?……僕はどうなのかって?……いいんだよそんなことは。今は君に関して話をしている。わざわざすり替えないでくれ。
とにかく。君が僕のこと好きなら今ここで好きって言えばいい。ただそれだけのことだよ。幸いなことに周りには今誰もいないしね。君だって野次馬の存在は嫌だろう?
さあ、準備は整った。いつでもどうぞ――……って、ねぇ、ちょっと、どこ行くんだい。僕に告白しないの?こんなに最高のシチュエーションなのに、どうしたって言うんだよ。なぁ、待てって!僕のこと好きだよな?好きなんだろう?なら早く伝えなよ、聞いてあげるからさ!だから待ってくれ、おい!
頼むから……僕のこと、好きって言ってくれ!