そう言えば最近連絡こないな。不意に思ってアイツとのトーク画面を開く。最後にメッセージのやり取りをしたのは3週間くらい前だった。
前までは。
ほぼ毎日、仕事終わりに連絡がきてた。マジだるいとか上司の悪口だとか、そんなどうでもいい内容のもの。私は毎回無視をせず返してたけど、アイツにとっては返信なんて別にどうでもよかったのかもしれないな。多分、単に愚痴を吐き出す場所として私に連絡送ってたんだと思う。
じゃあ最近連絡が来ないのは仕事が上手くいってるってことか。実にいいことだ。よかったよかった。
「はーあ」
じゃあなんでこんなにもやもやしてるんだろ。いつの間にかアイツのこと考えてる。今頃何してんだろうなんて、そんなふうに思っちゃってる。これはもしや、って、実は少し思ってたりする。だって確かに、連絡減った最初の頃はそわそわしたりしてたから。
「……うそ」
その時1件のメッセージ受信。考えてたらまさか本当に連絡がくるなんて。
「……梅雨ですね、って何よそれ」
相変わらずのマイペースなメッセージに呆れ笑いが出る。でも今日は珍しく仕事の文句じゃなかった。果たしてこの微妙な話題のメッセージになんて返すのが正解だったか分からないけど、とりあえず私は“久しぶり”と打つ。
『雨でやる気おきんわ』
雨のせいにするな。
『俺のコンディションは天気に左右されやすいの』
何よそれ。言い訳すんな。
辛辣に、淡々と返事をするけれど、私の頬は緩みっぱなし。久しぶりの連絡がこんなにも嬉しいものなのだ。
ああ、もう。
もっと色々話せたらなあ。
私の秘めたる願いが相手に届いたのだろうか。トーク画面がいきなり切り替わり着信を受けている。まさに今、向こうがこの携帯に電話をかけてきている。
思わず固まってしまう。どうすればいいの。でも早く取らないと電話は切れてしまう。唾を飲み込み緊張する人差し指で画面をスワイプした。
ああ、しまった。第一声に何を言うかくらい考えとけば良かった。
これじゃ何も、喋れないよ。
そんな目で見ないでくれ。全てを見透かされそうだ。僕の嘘がバレそうて怖いよ。
本当はね、もうすぐここを発つんだ。君が寂しがるのが分かるから言い出せずにいるんだけど。でもそろそろ言わなきゃな。君のその瞳に見つめられるたびにそれを痛感する。
どうやって伝えたら良いのだろうか。なんとかして未来を変えられるならとっくにそうしてる。でも、どうにもできないからこんなに思い悩んでいる。君がそんな、綺麗な瞳で笑いかけるから。人を疑ったりしない純真無垢な君をこれから悲しませることになるのが、すごく、つらいよ。
どうしたの、って君が僕に問いかける。まさに今だと思う。ここを逃したらまた言えない。分かってるのに、言わなきゃ駄目なのに、僕の弱い心が踏み出そうとしない。
どうしようどうしよう、って、また、思い悩んでそこで止まる。
君の笑顔が大好きなのに、今はこんなにも見ていて、つらい。
まだ、終わりじゃない。
ゴールを決めなきゃどこまでだって行けるから。
ならばここはまだ僕のゴールじゃない。
限界にはまだまだ程遠い。
もう少しやれるだろ、って、いつも言い聞かせてここまでなんとかやってきたんだよ。
今回もそう、膝をつきそうになったけどそれでもどうにかなったんだから。
限界はここじゃない。
僕の旅はまだ、終わらない。
なんで。私ばっかこんなに我慢しなきゃいけないの。
いつも言うこと聞いてるのに。
歯向かったこと1度もないのに。
損するのっていつもこっち。
汚れ役ばっか。
何も報われた試しがない。
なのに。こんな私のこと見捨てるの?
かわいそうだとか、少しも思わないの?
あんたにとって私の存在ってその程度だったんだね。
もういいよだなんて、そんな簡単な言葉で片付けられちゃう神経が信じられない。
ねえ。
なんか言ってよ。私ばっかり、また。
「 」
喧嘩して、飛び出したあたしをきみは迎えに来てくれた。ものすごい怖い顔してた。でも怒られはしなかった。「帰るぞ」と、それだけ言って右手を掴まれ家までの道を歩いてる今。
無理矢理引っ張られて歩かされてるからきみの背中が見える。背中もやっぱり怒ってる。勝手に飛び出したこともそうだし、こんな時間に迷惑かけるなバカヤロって言いたいんだと思う。
ごめんなさい、って、言わなきゃダメなのに。つまらない意地がそうさせてくれない。喧嘩の原因なんてもうほとんど忘れかけてる。どっちが悪いかなんてどうでもよくなってる。ていうか多分、どっちも悪いんだと思う。
「寒いね」
ごめんでもありがとうでもなく、場違いなことをあたしが言ったから、きみは思わずこっちを見た。まるで珍獣を見るかのように凝視された。だって本当のことだもん。飛び出したのがかれこれ2時間くらい前。そこからずっと外にいたから身体が冷えちゃった。
なのに。
「全然。むしろ暑い」
よく見るときみの格好は半袖のTシャツ1枚だけ。まだ夜は冷えるのに、そんな薄着でよく彷徨けたね。心の声に留めておくはずが、無意識に口にしてたらしい。あたしの言葉を聞いてきみは眉間に深いシワを刻む。
「誰かさんが突然姿を消すから探して走り回ったせいで、今もの凄く暑い」
「あ……そ、なんだ」
「なんだその返事は」
「だって、そしたら、私のせいじゃん」
「そうなるな」
けど、そう言った時のきみの顔。斜め後ろからほんのちょっと見えた時、私には笑ってるふうに見えた。もう怒ってないのが分かったから、その腕に思い切り抱きついた。
「ほんとだ。暑いや」
「抱きつくな、暑苦しい」
ひどい。でも言葉と裏腹、引き剥がされるようなことはなかった。あれ、そう言えばなんでこんな時間にこんな所にいるんだっけ。忘れちゃうくらいだから、きっと大したことじゃないんだ。
「あそこのコンビニ寄ろ。アイス食べたい」
「お前の奢りな」
「財布持ってない」
「ざけんな」
きっとこんなふうに大したことない諍いが積み重なって、そのおかげでもっと好きになるのでしょう。今日のことも必要だった。そーゆうこと。
帰りにちゃんとアイス買ってもらえた。パピコ半分こして帰りました。