振られた。
彼女は泣きながら僕のこと睨みつけて、“もう知らない”って言った。
やっぱり、僕が悪かったんだろうな。
泣かせずにどうにかするやり方もきっとあったはずだろうに
僕にはそれが見つけられなかった。
“私たち何がいけなかったの?”って、
彼女がすごくすごく苦しそうな表情で言うから僕は目を逸らした。
僕のその態度が彼女を追い詰めたんだと思う。
振られるのって、拒否されるのって、置き去りにされるのって。
こんなにも心が苦しいものなんだな。
こんな感覚は初めてだ。
頭の中が酸欠みたいになってる。
天気が悪いから、気圧のせいで頭痛を感じてるのかと思ったけどそうじゃないよね。
身体じゅうのいろんな器官が、ショックでうまく働かないんだ。
だから泣きたいのに、うまく涙さえも出ない。
外はこんなに土砂降りなのに。
僕のぶんまで泣いてるように、さっきからずっと激しく降ってる。
ごめん。本当に今更だけど、まだ今も君のこと好きだよ。
言っても届かない思いが雨音の中に消えてゆく。
ごめんもさよならもありがとうも言えなかった。
せめて追いかければよかった。
後悔しても遅いのに、さっきからそんなことばかり考えてしまうよ。
せめて雨が止むまでは、弱気なこと考えていてもいいよね。
心配しないで。
ちゃんと笑えてるから。
あんなに泣いたし悩んだし苦しんだけど、
ぜんぶあなたの創りだした悪夢だから。
そんなふうにはならないから、大丈夫だよ。
まだ分からない先のことを考えても仕方ないよ。
今日はもう二度とやってこないからね。
好きに生きてね。
そして、目いっぱい笑って!!
「ああ、そう」
それが、私が彼にごめんなさいと言った直後の彼の反応だった。ぶっきらぼうで少々不機嫌気味に言い放つ彼は、今間違いなく怒っている。その理由が分かるから、私は何も言えず動くこともできず、ただ立ち尽くすしかなかった。だって、彼より先に動いたら危険な気がしたから。まるで山奥で猛獣に遭遇してどうしたらいいか分からないような、そんな感じ。実際に味わったことは分からないけど、とにかく無闇に動いちゃいけないと思った。眼の前の、穏やかな顔した猛獣は、私のことをまだ許してないはずだから。
「そっか。……そっかあ」
頭を掻きながらぶつぶつと呟いている。薄ら笑いの顔が、逆に怖さを増している。彼のことを正面から見据えることができなかった。目が合うのを恐れじっと下を向く。だが突然私の腕をぐっと彼が掴んできた。反射的に顔を上げる。彼はやっぱり笑っていた。
「なんか言ってよ」
「なんかって……」
「ごめんなさいだけじゃ、分かんないでしょう?どうして僕じゃ駄目なのか、理由を教えてよ」
僕のものになってよ、と言われ、私はそれを拒否した。その回答が彼にとっては気に入らなかった。だから今彼はこんなにも静かに怒っているのだ。怒らせたのは私だけど、でも、彼の希望にはこたえられない。何故なら私にはちゃんと大切な人がいる。彼もその存在を知っているはずなのに、どうしてこんなことを言うんだろう。無理だと分かってるはずなのに。
「あはは。なんで?って顔してる」
「そりゃ、だって……」
「人を好きになるのに、理由とかしがらみって要るかな?」
言葉が出なかった。彼の言ってることはめちゃくちゃだ。そんな、独りよがりの考え方で私のことを手に入れようと思ったのか。
「逃さないよ」
彼は私の顔のすぐ横に手をついて行く手を阻む。見下ろしてくる笑顔が最高に怖いと感じた。
これじゃ本当に、逃れられない。
それは魔法の言葉だったりする。
「じゃあね」
君が僕に手を振りながら向こうへ歩いてゆく。いつもなら、バイバイとか適当に返すんだけどさ。今日は、というか今日からはもう、この一瞬たりとも適当に扱えないんだ。
君が今日の昼休み、隣のクラスのアイツに告白されてた。盗み見てたつもりじゃないけど、たまたまその場面にさしかかって。でも君らが何を話してるのかまでは分からなかったんだ。他愛ない話かもしれない。そう思いたかったけど、アイツの顔がやたら真剣だったからそうじゃないと分かった。ついでに君も、普段の顔つきじゃなくてなんていうか、びっくりしてた。それでいて焦ってた。そこまで見て僕はその場を後にした。
君はあの後なんて答えたのか。気になるけど聞けない。アイツのほうはというと特に変わった素振りは見られない。だからまだ、告白の返事を返してないんじゃないかと思ったんだ。
だとしたら、僕に与えられたチャンスはここだ。けれど1日に2度も告白なんて受けたらさすがに君も疲れちゃうよね。僕も僕で、決意は固まったけど勢いのままに君に伝えるのは違うと思ってる。
だから、決行日は明日にする。
「また明日ね」
遠ざかる君の背に向かって僕は叫んだ。柄にもなく声を張り上げて。君は思わず振り向いた。すごくびっくりしてた。多分、明日はもっとびっくりさせちゃうと思う。願わくば、驚きの表情なんかじゃなくて僕に笑顔を向けてくれたら――
そう思うけど、君の気持ちを聞いてみないとこればかりはどうなるかは分からない。
僕はもう、明日のことで頭がいっぱいだ。うまくいってくれと、それだけを願いながら帰り道を歩き出す。明日の僕は笑っていられるだろうか。それもまた、神のみぞ知る。
「なんで、こんなふうにきみにはなんでも話せちゃうんたろうね」
隣を歩く先輩がちょっとはにかみ気味に言った。
「きみの前だと俺、素直になれるよ」
そんなこと言うくせに。私は先輩の1番にはなれない。なんてひどい言葉を言うんだ。でも、私の気持ちを知らないから、責められやしない。
「きっとそういうオーラが出てるんだろうな。ほら、神崎さんって気づくといつも誰かに囲まれてない?」
「そんなことないですよ」
「みんなきみに癒やされてるんだよ。セラピーみたいな?」
「いやいや……」
こんなにも褒めるんなら、私のことをもっと知ってくださいよ。声にならない私の声。表現できない私の気持ち。この人の前ではずっと透明なまま。誕生もしないから消滅もしないのかな。じゃあどうやってこんなモヤモヤから抜け出せばいいの?手放すには、どうしたらいいんだろう。透明な見えない鎖がずっと私の身体に巻き付いている。こうやって先輩と下校するたびに重たい鎖になる。後戻りできないぞって、言われてるような。
「お陰で前向きになったからさ、お礼に奢るよ。コンビニ寄ろう?」
「あ、はい。ありがとう、ございます」
言えない気持ちがまた、私の中で肥大してゆく。いつかは、成長しすぎて破裂して粉々になるんだろうか。分かっていてもどうにもできないのが苦しくて。今日も何も言えないまま、まるで恋人同士のように並んで歩く私達なのだ。