それは魔法の言葉だったりする。
「じゃあね」
君が僕に手を振りながら向こうへ歩いてゆく。いつもなら、バイバイとか適当に返すんだけどさ。今日は、というか今日からはもう、この一瞬たりとも適当に扱えないんだ。
君が今日の昼休み、隣のクラスのアイツに告白されてた。盗み見てたつもりじゃないけど、たまたまその場面にさしかかって。でも君らが何を話してるのかまでは分からなかったんだ。他愛ない話かもしれない。そう思いたかったけど、アイツの顔がやたら真剣だったからそうじゃないと分かった。ついでに君も、普段の顔つきじゃなくてなんていうか、びっくりしてた。それでいて焦ってた。そこまで見て僕はその場を後にした。
君はあの後なんて答えたのか。気になるけど聞けない。アイツのほうはというと特に変わった素振りは見られない。だからまだ、告白の返事を返してないんじゃないかと思ったんだ。
だとしたら、僕に与えられたチャンスはここだ。けれど1日に2度も告白なんて受けたらさすがに君も疲れちゃうよね。僕も僕で、決意は固まったけど勢いのままに君に伝えるのは違うと思ってる。
だから、決行日は明日にする。
「また明日ね」
遠ざかる君の背に向かって僕は叫んだ。柄にもなく声を張り上げて。君は思わず振り向いた。すごくびっくりしてた。多分、明日はもっとびっくりさせちゃうと思う。願わくば、驚きの表情なんかじゃなくて僕に笑顔を向けてくれたら――
そう思うけど、君の気持ちを聞いてみないとこればかりはどうなるかは分からない。
僕はもう、明日のことで頭がいっぱいだ。うまくいってくれと、それだけを願いながら帰り道を歩き出す。明日の僕は笑っていられるだろうか。それもまた、神のみぞ知る。
「なんで、こんなふうにきみにはなんでも話せちゃうんたろうね」
隣を歩く先輩がちょっとはにかみ気味に言った。
「きみの前だと俺、素直になれるよ」
そんなこと言うくせに。私は先輩の1番にはなれない。なんてひどい言葉を言うんだ。でも、私の気持ちを知らないから、責められやしない。
「きっとそういうオーラが出てるんだろうな。ほら、神崎さんって気づくといつも誰かに囲まれてない?」
「そんなことないですよ」
「みんなきみに癒やされてるんだよ。セラピーみたいな?」
「いやいや……」
こんなにも褒めるんなら、私のことをもっと知ってくださいよ。声にならない私の声。表現できない私の気持ち。この人の前ではずっと透明なまま。誕生もしないから消滅もしないのかな。じゃあどうやってこんなモヤモヤから抜け出せばいいの?手放すには、どうしたらいいんだろう。透明な見えない鎖がずっと私の身体に巻き付いている。こうやって先輩と下校するたびに重たい鎖になる。後戻りできないぞって、言われてるような。
「お陰で前向きになったからさ、お礼に奢るよ。コンビニ寄ろう?」
「あ、はい。ありがとう、ございます」
言えない気持ちがまた、私の中で肥大してゆく。いつかは、成長しすぎて破裂して粉々になるんだろうか。分かっていてもどうにもできないのが苦しくて。今日も何も言えないまま、まるで恋人同士のように並んで歩く私達なのだ。
「理想はね、可愛くて頭が良くて気が利くような子」
「ふぅん」
「ちょっと。真面目な悩みなんだからもうちょっと真剣に聞いてよ」
「……聞いたところで解決するもんでもねーだろ。解決すんのはお前の努力次第だし」
「ひどっ」
「別に。そんなに躍起にならなくたっていいじゃんか」
「よくないっ」
「どうしてさ」
「だって、私がもっと今言ったふうになってれば、君だって嬉しいでしょ?」
「まぁ」
「もっと可愛くて頭が良くなれば君は助かるでしょ
?」
「助かる、っつーかなんつーか」
「だから真面目に考えてんの。これは君のためでもあるんだからね」
「へーへー」
「……はあ。理想の人間になるのって、むずかしいな」
「だからいーじゃん、そのまんまで」
「簡単に言うなっ」
「俺にとっては今のお前はじゅうぶん可愛すぎるし、そんなに馬鹿じゃねぇし、気も利く方だと思うけどな」
「…………そ、かな」
「まあもう少し泣き虫なのを直せば完璧なんじゃね?」
「それはいいの、性格だから」
「なんだそれ。よく分かんねぇ線引だな」
「ね、もっかい言ってさっきの。可愛いって、本当?」
「調子にのんな!」
もう何も考えられない。
最後見た笑顔だけがまだこの目に焼き付いてる。
あの時ちゃんと引き止めればよかったんだ。
僕のせいだ。
僕が君を殺したも同然だ。
神様、僕を代わりに連れてってくれよ。
それ以外はもう、何も望まないから。
人は別れる時には理由が必要だけど
好きになる時にはなんの理由も要らないんだって。
誰かの受け売りを自分の言葉のよう言ってみたけど
確かにそうだよね。
私があの人に夢中になったきっかけとか理由を考えてみてもすぐ言えないし。
でもこの気持ちを手放そうと決めたことには理由がある。
“恋”は終わった。“愛”にはなれなかった。
恋は1人でできるけど、愛は1人じゃ進められないから。
私の恋の物語はこれでおしまい。
めでたしめでたしとはならなかった。
そんなにうまく、いかないもんだな。