赤い造花、青い手鏡、緑の髪留め。
みんなみんなあの人がくれたもの。
だけどもう要らないから、全部ゴミ袋に投げ入れた。
もうゴミになったのに、なんでこんなに色鮮やかなんだろう。
カラフルなゴミたちは私の目に沁みる。
棄てないで、って、言われてるよう。
物に罪はないのにね。
でもごめんね、苦い思い出は棄てなきゃならないの。
いつまでもとっておくと、私はずっとこのままだから。
最後に黄色いハンカチをゴミ袋に入れて口を固く縛った。
これでおしまい。
ありがとう、楽しかった日々。
ばいばい、思い出。
「は?……楽園」
「そうなんだ。どこかに存在するらしい」
目をきらきら輝かせながらソイツは言った。正直笑いそうになった。馬鹿じゃないかと思った。何をそんなに真剣な表情で語っているんだと。
「時の進み方も使う言語もまるで違う。言わば天国にも近いような位置付けなんだと思う」
「じゃあそんな所行ったら死んじゃうじゃん」
「たとえだよ、たとえ。天国のように快適で、理想の場所なんだってさ」
天国に行ったこともないくせに、よくそんな自信満々に言えたもんだ。僕に向かって物凄い熱弁を振るってくるけど、生憎こっちは話半分に聞いていた。だってそんなの夢の世界だろ。現実には存在しない。現に、今さっきソイツは自ら“理想”と表現した。だったらこの世にはないということだ。ならばそんな架空の話は最初から真面目に聞く必要はない。
「いいよなぁ。何でも叶うその楽園に行けたら、きっと今みたいに悩むこともなくなるんだろうな」
「だろうな」
「お前は羨ましくないのか?」
「羨ましいとか、そーゆう感覚にはならないな」
「なんでだよ」
「今の世界のほうが生きてて楽しいからだよ」
僕の答えにソイツは目を丸くした。コイツは何を言ってるんだ、という顔つき。さっきまでの僕みたいな反応だ。
「楽園なんてとこに行って悩みもつらいのも無くなったとして、無いと無いでつまんないと思うぞ?」
「そうか?」
「そうさ。辛いのも苦しいのも、楽しいのも嬉しいのも総て表裏一体なのさ」
苦しさ無くして、達成した時に感じるあの開放感は味わえない。痛みのない世界はそれはそれでいいだろう。争いが生まれることはないしな。でも、今のようにきっと感情が豊かにはならないと思う。それで楽園に住めると言われても、僕は簡単に首を縦に振らないと思う。
「身の丈にあった世界でいいのさ。だから楽園なんて見つからなくていい」
僕の独り語りに、ヤツはいつまでもキョトンとした顔しか見せなかった。どうせ響いてないんだろうな。
まぁ、いいか。夢を見るのは自由だもんな。
日取り的に考えると、旅立ちは今日が最良な日らしい。
だからって、こんな早くに呼び出して、駅まで乗せてけなんて。あまつ、最後は“ばいばい”だけでさっさと行きやがって。
ものの15分程度だった。別れを惜しむなんて雰囲気も時間もこれっぽっちもなく、あいつは風のようにこの街から出ていった。本当に、風のようだった。いつもはふわふわそよ風みたいな性格してるのに、これだと決めたら突風並みの素早さを見せる。思い切りが凄いというか頑固というか。
「はぁ」
駅前のベンチに1人座る。どこに行くのかさえちゃんと聞けなかった。格好つけて、“すぐ音を上げて帰って来るなよ”なんて言ってしまった。寂しさの裏返しだなんてどうせあいつは気づいちゃいない。
きっとどこまでも気の向くままに行くのだろうな。風に乗って、自分のやりたいことや見たいものをどこまでも追求するような生き方。俺には出来ないから、やっぱりあいつが羨ましい。
ベンチのそばにたんぽぽが咲いていた。綿毛をつけたそれを抜き取り、強く息を吹きかける。まるで子供みたいな真似をしているが、今はどうでも良かった。綿毛がふわふわ飛んでゆくのをただじっと見ていた。風に乗って気持ちよさそうに飛んでいくその姿が、あいつと重なったのだった。
「元気でな」
1秒にも満たなかった。
あなたがあたしを見てくれた時間。
もう、忘れられちゃったのかな。
あたしはもう、『過去の人』。
寂しいな。
泣きたくないな。
でも誰も見てないから
1人でこっそり泣こう。
そう思い立ったら即座に出てきた涙。
その時間も、刹那だった。
そんなもの、今まで考えたことなかったよ。だって良く分からないまま人ってこの世に誕生し、何故か学校に通わされ、いつの間にか大人扱いされるうちに自立したと見なされるんだ。良いところに就職できれば“勝ち組”なんて言われてさ。いい奥さんみつけて、家族が増えて家を買って…………
それが、世間一般の、普通な人生なんだろうか。生憎僕は1ミリも尊敬しないけど。そんな、皆がここぞってテンプレじみた人生を目指してる中で、“生きる意味”なんてあると思うか?周りが言うからだの、他の人達がこうするからだの、何かと自分以外に理由があるようにして逃げてる奴らに、生きる意味なんて見出だせるんだろうか。
そうだよ。
こんなに偉そうに能書き垂れる僕だって、他人の視線を気にして生きている。無理なんじゃないかな。誰かの意見や反応を一切気にしない生き方なんて。人はひとりじゃ生きられないけど、でも自分らしくありたい。これができたらその時は、本当の生きる意味が分かる気がする、と思う。
本当はね、嫌なんだ。右向け右の社会がね。でもそれを声を大にして言えない。自分の意見を堂々と言えない僕も所詮弱虫の仲間。だからそんな僕も今は未だ模索中だ。生きる意味ってやつは、そんな簡単に出てくるもんじゃないのかも。と、思えば案外単純なものでいいのかもしれないな、とも思ったりする。きっとそんなもんだよね、だって正解は無いから。10人いたら10人が違うんだろうから。
でもきっと、理由は違えど執着してる何かがあってその10人は生きてる。守りたいものとか掴みたい何かがあって生きてる。単純だったり複雑だったりもする。
生きるって、難しい。
生きる意味って、奥深い。
でもそれが自然とできてる僕らって、凄いんじゃないかと思う。