ゆかぽんたす

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2/7/2024, 2:17:16 AM

「まず始めに、志望動機とご自身のPRポイントをお願いいたします。それでは右端の方から――」
また、始まった。
僕はこの空気が大嫌いだ。だけど、就職を希望するからには避けては通れない空気。弊社を志望する動機は何ですか。貴方は弊社でどのような活躍ができますか。将来どんなことを成し遂げたいと思いますか。馬鹿馬鹿しい。答えは全部クソ喰らえだ。許せるものならそう答えている、が、寝ずに創り上げた嘘ばかりのエントリーシートの内容を頭の中で思い浮かべながら思ってもないようなことを次々口にする。
「はい。私の強みは、コミュニケーション能力が高いことです」
そんなの分かるわけないだろ。だいたい、コミュニケーション能力って何なんだ。会話のキャッチボールとか空気が読めるのはここにいる皆ができて当たり前のことなのだ。
「御社に採用をいただくことが出来ましたら、何事にも一心不乱に取り組み事業成功の力になりたいと思います」
そんなことは当たり前だ。社会人になるのだから会社の役に立って当然、数字を伸ばして業績を上げなきゃ雇われる意味がない。
「将来は会社という枠にとらわれることなく、世のため人のために様々な活躍をしたいと思います」
だからその“様々な活躍”って何なんだ。そこを具体的に語れなきゃ内定は取れないぞ。上辺ばかりの言葉をペラペラ噛まずに言えたところで何の説得力もない。

もう、何なんだよ就活って。

「はあ…………」
通算何十社めかももう分からない不採用通知メールを受け取った、土曜日の朝。胃と瞼が重くて、とてもじゃないけど部屋から起きれる状態じゃなかった。何の音もしない部屋で、時計の秒針が無機質に時を刻む。かちかちかち、とリズムを崩さないその音が、あの集団面接の時に味わった閉塞感を思い起こさせた。

僕にできることはあるんだろうか。僕は社会に必要とされてるんだろうか。
さすがに、幾度もこけてばかりだと弱気な気持ちも起きてくる。このままじゃいかん、と思い気分転換にラジオをつけた。
『お次のリクエストはー……ラジオネーム“タカシのオカン”さんからです』
うちの母親かよ。偶然にも僕と同じ名前の息子を持つ母親からのリクエストらしい。
『うちの息子が就活でもがいているので是非元気の出るこの曲をお願いします、とのこと。そうよねぇ、今そんな時期だもんね、全国の就活生のみなさんにエールを!ということで聴いてください――』
紹介のあとに流れ出すイントロに目を見開いた。だってこれは、僕が大好きでよく聴いてた曲だ。そういえば最近聴いてなかった。懐かしいなあ。こっちのタカシもこの歌好きなのか。なんかちょっと親近感湧くな。
「へへへ」
いつの間にか鼻歌を歌ってる僕がいる。時計の針の音が気にならないくらいラジオの音量を上げて、終いにはわりと大きめの声で歌い上げていた。この曲を聴いてると自然と元気が出てきそうで、だからすごく好きなんだ。
そうだ、もう少し、やれるんだ。僕はこんなんで潰れるヤワじゃない。
「アイワナビーア君の全て!」
ちょっと休んだら、また僕らしく頑張ろう。
きっとうまくいく。今ならそんな気がする。

2/6/2024, 2:43:38 AM

息せき切る、という体験をしたのはこれが初めてかもしれない。待ち合わせ時間まであと3分。やばいやばいやばい。地下鉄を降りて一気に駅構内を走り抜ける。途中で誰かと肩がぶつかって舌打ちされた。振り向いてる暇が無いのですいませーん、と大きく叫んでまた階段を全速力で登りだした。
地上に出ると外はもう真っ暗で。しかもちょっとだけ風が吹いていた。僕はスマホを取り出し時間を確認する。ジャスト0時。こんな時間に呼び出してもちゃんと来てくれるキミ。駅のすぐそばの喫茶店のカウンター席に姿を見つけた。急いで、でも息を整えつつ彼女の待つ店内へと入る。
「ごめん、おくれた」
「あ。お疲れ様」
彼女が僕のほうへ振り向いて。僕の姿を確認したと同時に僕の手もとへと視線を移した。
「ごめん、急いで来たからちょっとだけ散っちゃった」
胸元のほうにまで手にしていた花束を持ち上げる。そして驚く彼女へ緊張しながら差し出した。
「合格おめでとう。あと、誕生日おめでとう。それから、1年記念日おめでとう」
「わあ……」
3つのおめでとうを伝えたあと、彼女の目がきらっとしたように見えた。両手で花束を受け取る彼女の手に触れた時、すごく暖かくて柔らかった。
「ありがとう。うれしい」
「うん。その……おめでとう」
無事に渡し終わったら急に燃え尽きたような感覚になって、その先の言葉がうまく出てこなくなってしまった。大変なこともあるけど頑張ろうね、これからもよろしくね、まだまだいろんな所に遊びに行こうね。溢れる気持ちは止まらないはずなのにどうしてか言葉で上手く出てこない。もしかしたら緊張してるのかもしれないな。だけど花を見つめて優しく笑うキミを見られたから、僕はもうこれ以上無い幸せ者だと知ることができたよ。
「とりあえず、何か飲む?」
「うん」
僕は彼女の隣に座ってメニュー表を広げた。特別な日を演出したい気持ちもあったけど、やっぱりこうやっていつものように並んで大好きなドリンクを飲むのがいいね。
「いつもありがとう」
せめて最後にこれだけは伝えて、僕らは真夜中のホットココアで乾杯した。


2/5/2024, 9:36:29 AM

「ビッグマックにサイドメニューはポテトで。あ、ポテトLサイズに変更してください。ドリンクはコーラ。それとこのクーポン使ってナゲット5ピース。ソースはバーベキューで。と、あと三角チョコパイもこのクーポンでお願いしまぁす。あー、あと単品でフィレオフィッシュ」
一体どんだけ食うんだよ。
凹んでるから奢れ、って、不躾なメールが深夜に届いた。無視をするわけにもいかないから家を訪れてみれば、
「お腹減っちゃった。マック行こ」
俺を呼びつけ、足にして、奢らせる。で、極めつけには自分の分だけさっさと注文する。しかも量が半端じゃない。とんでもねぇ女だな。呆れを通り越して感服しそうだ。
「で?何が原因で俺はこんな夜に振り回されてんだ?」
運転する俺の隣で黙々とジャンクフードを食べる彼女。人の車なのにちっとも気を使う様子はない。
「あー……呆れない?」
「内容による」
「じゃあ言わない」
「お前なァ……。そもそも、こんなに世話を焼いてやったのに礼の言葉も無しか」
「それは感謝してるよ!ありがとう、ごちそうさま」
「ったく」
別に、理由なんてどうだっていい。マックでそんなに笑顔になれるんなら安いもんだ。そうは思っていても口には出さなかった。それを伝えたらコイツはまた調子に乗るし、しかもなんだか、癪だ。
「お礼にポテト分けてあげるね」
「要らねぇよ」
「なんでよ。美味しいよ?夜中のジャンク。背徳感やばくて」
次から次へテンポよく彼女の口の中へポテトは消えてゆく。どうせ明日になって、“顔が浮腫んで外出られない”とか喚くに決まってる。いつだってそうだ。コイツの行動は突発的なものばかり。少しは先を読んで行動すりゃいいのに。
「おいしいよ」
「そうかよ」
「うん。しあわせ」
信号が赤になって隣を見る。相変わらずポテトにうっとりする助手席のお前。羨ましいとか、美味そうだなんて少しも思わない。けどなんか、ここまで振り回されて俺にはご褒美の1つも無しかと思うと、それはそれで苛つく。
「ねぇ。青だよ」
それには答えず、彼女のほうへぐっと顔を近づける。暗がりの中で、グロスなんだかポテトの油なんだか分からない艶を持ったその唇を塞いだ。当然、しょっぱい味がした。
「こんな塩っぽくちゃムードも台無しだな」
そして何事もなく再びアクセルを踏んだ。彼女は何も言わない。きっと、不意をつかれて固まっているに違いない。呑気に食ってるからだよバーカ。少しは俺のことに興味を持ちやがれ。
次に赤信号に止まる時、お前の唇はどんな味になっているだろうか。どうせジャンキーなものでしかないんだろうが、せめて、油っこいポテトは控えろよ?

2/4/2024, 9:02:40 AM

あまり現実離れしたことは言わない主義だけど、

貴女のこと、1000年先も守るから。

絶対に悲しませたりしないと誓うから。

だから僕を選んでくれないか。

貴女じゃなきゃ、駄目なんだ。

2/3/2024, 8:13:05 AM

行ってきます、というメモ書きと1輪の花がテーブルには置かれていた。
嫌な予感はしてたんだ。この頃口数が少なかったから、どっか具合でも悪いのかなくらいに思ってたけど。

そんなに悩んでいたんなら教えてくれよ。君の夢を真っ向から否定したりしないよ。やりたいようにやればいい。そう言ってちゃんと送り出すつもりでいたよ。
なのに、別れの言葉も言わせてくれないのかい。ずるいよ、君は。

コップに水を汲んで君が残した花を挿した。いくらかもう萎びている。青い花がまるで君の瞳の色を連想させる。

この花は何て言うんだろうか。
知りたいのに、教えてくれる君はもういない。

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