ゆかぽんたす

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「まず始めに、志望動機とご自身のPRポイントをお願いいたします。それでは右端の方から――」
また、始まった。
僕はこの空気が大嫌いだ。だけど、就職を希望するからには避けては通れない空気。弊社を志望する動機は何ですか。貴方は弊社でどのような活躍ができますか。将来どんなことを成し遂げたいと思いますか。馬鹿馬鹿しい。答えは全部クソ喰らえだ。許せるものならそう答えている、が、寝ずに創り上げた嘘ばかりのエントリーシートの内容を頭の中で思い浮かべながら思ってもないようなことを次々口にする。
「はい。私の強みは、コミュニケーション能力が高いことです」
そんなの分かるわけないだろ。だいたい、コミュニケーション能力って何なんだ。会話のキャッチボールとか空気が読めるのはここにいる皆ができて当たり前のことなのだ。
「御社に採用をいただくことが出来ましたら、何事にも一心不乱に取り組み事業成功の力になりたいと思います」
そんなことは当たり前だ。社会人になるのだから会社の役に立って当然、数字を伸ばして業績を上げなきゃ雇われる意味がない。
「将来は会社という枠にとらわれることなく、世のため人のために様々な活躍をしたいと思います」
だからその“様々な活躍”って何なんだ。そこを具体的に語れなきゃ内定は取れないぞ。上辺ばかりの言葉をペラペラ噛まずに言えたところで何の説得力もない。

もう、何なんだよ就活って。

「はあ…………」
通算何十社めかももう分からない不採用通知メールを受け取った、土曜日の朝。胃と瞼が重くて、とてもじゃないけど部屋から起きれる状態じゃなかった。何の音もしない部屋で、時計の秒針が無機質に時を刻む。かちかちかち、とリズムを崩さないその音が、あの集団面接の時に味わった閉塞感を思い起こさせた。

僕にできることはあるんだろうか。僕は社会に必要とされてるんだろうか。
さすがに、幾度もこけてばかりだと弱気な気持ちも起きてくる。このままじゃいかん、と思い気分転換にラジオをつけた。
『お次のリクエストはー……ラジオネーム“タカシのオカン”さんからです』
うちの母親かよ。偶然にも僕と同じ名前の息子を持つ母親からのリクエストらしい。
『うちの息子が就活でもがいているので是非元気の出るこの曲をお願いします、とのこと。そうよねぇ、今そんな時期だもんね、全国の就活生のみなさんにエールを!ということで聴いてください――』
紹介のあとに流れ出すイントロに目を見開いた。だってこれは、僕が大好きでよく聴いてた曲だ。そういえば最近聴いてなかった。懐かしいなあ。こっちのタカシもこの歌好きなのか。なんかちょっと親近感湧くな。
「へへへ」
いつの間にか鼻歌を歌ってる僕がいる。時計の針の音が気にならないくらいラジオの音量を上げて、終いにはわりと大きめの声で歌い上げていた。この曲を聴いてると自然と元気が出てきそうで、だからすごく好きなんだ。
そうだ、もう少し、やれるんだ。僕はこんなんで潰れるヤワじゃない。
「アイワナビーア君の全て!」
ちょっと休んだら、また僕らしく頑張ろう。
きっとうまくいく。今ならそんな気がする。

2/7/2024, 2:17:16 AM