大事な人を失った時って生きる気力を失いたくなる。冗談抜きで俺も一緒に連れてってくれよ、って叫びたくなる。たとえ別れの時が来るのが分かっていたとしても、それを受け入れるのって結構キツイもんだよな。“出会いの数だけ別れはある”って、誰が言い出したんだか分からない言葉があるけど。当事者になったら全然素直に受け入れられないんだよ。そんな、ポジティブに人の死をまとめあげんな、って思ったよ。一期一会とか、まだそっちのほうが納得いくかもしれない。
まぁ何にしてもアンタはもう帰って来ないわけで?俺を残して何してんの、今頃。まさか優雅にあっちで酒盛りしてんじゃねーだろうな。俺がいないからって昼夜関係なく飲んだくれてるんじゃねぇか?つうか、あっちの世界にも昼と夜があるのかな。こっちはまだ真っ昼間だ。アンタの嫌いな太陽が、今日もいい感じに輝いてるよ。
「安らかにな」
持ち合わせてきたウィスキーの瓶を眼の前に置く。アンタが好きだった銘柄だ。瓶の向こうには墓標があって。そこには間違いなくアンタの名前が彫ってある。それを見る度、嘘じゃないんだって言われてるみたいで嫌な気分になる。今でもどこかで、アンタが生きててくれたらいいのになって思いたいのに。そんな妄想すらさせてくれないほど、石に刻まれたアンタの名前が生々しいよ。死んでるのに生々しい、って、笑っちまうよ。
「今日は特別だぜ?」
瓶の蓋を開け静かに墓標にかけてやる。とくとくとく、と懐かしい音がした。太陽の下で黄金色の液体が石の表面を滑り落ちる。美味そうに酒を飲んでた頃のアンタの顔が浮かぶ。
少しはアンタに恩返しできただろうか。まだまだ返し足りないから、たまにこうやって、酒を浴びせにここへくるよ。
「乾杯」
俺とアンタの、永遠の友情に。
今日は特に寒い。昼間は窓際にいれば日向ぼっこできるけど、太陽が沈んだら結構たえられないくらいの冷え込みだ。
今日は遅いのかな、アニキ。早く帰って来ないかなぁ。……腹も減ったし。そろそろ別のもの食わしてくれてもいいのに、いまだにオレはふやかしごはん。ま、文句言えた義理じゃないけど。
とりあえず、帰ってくるまでどっかに潜ってよ。布団の中でいっか。と、思ったんだけどいいもの見つけた。ソファに適当に脱ぎ捨ててあるセーター。これは朝、アニキが一瞬着たけどあまりにも似合わなすぎて脱いでそのままになってるやつだ。なんでも、「俺はアーガイルなんて着ちゃいけねぇな」とかボヤいてた。よく分かんないけどアーガイルというヤツにはアニキは勝てないらしい。
その黄色いセーターの中にもそもそ潜る。けっこうあったかい。いい感じに隠れるし気に入ったぞ、これ。
「ただいまー」
はっ。セーターに夢中になってたら物音に全く気づかなかった。
「寝てんのか?」
いるよ、いるいるここだよ。おかえりなさいアニキ。
「おーアシメ。……って、なんでそんなとこにいるんだよ」
アニキはオレのことを“アシメ”って呼ぶ。アニキが付けてくれたオレの名前。目玉の色がそれぞれ違うかららしい。オレがセーターの中から出てきたのを見て、アニキは「寒かったかなぁ」と言いながらそばのヒーターを着けた。おっ、やったぜこれであったまるーっ。
「今メシにすっから」
へい。よろしくお願いします。あ、でもちょっともう、普通のメシがいいんだけど……
……あーやっぱりダメか。アニキがいつものように皿に出したミルクをレンジに入れたのが見えた。仕方ない。食えないよりはずっとマシだ。
こんなふうに、あったかいとこにいられて。メシをもらえて誰かに撫でてもらえるなんてもう絶対にないと思ってたから。オレはほんとに運がいい。アニキが拾ってくれなきゃきっとあのまま、野垂れ死んでただろーな。オレを拾ってくれて、ありがとうございますアニキ。
「あ?なんだよニャーって。もうできるからちょっと待っとけ」
ちゃんと伝わらないのがくやしくてしょうがないんだけど。ずっとそう思ってるから。アニキのこと、世界一尊敬してるんで、これからもよろしくお願いしますニャァ。
(……after 11/16)
今日こそ、出よう。
このままじゃいけない。これ以上この人と一緒にいたら私は駄目になる。じゃないとどんどん依存してしまうから。いけないと思えているうちに離れないと。まだ今なら間に合う。
そう決意した夜。日中はあんなに暖かかったのに今は真冬みたいに寒い。彼は夕飯の済んだ2人分の食器を片付けている。私は静かに立ち上がる。
「ちょっと、コンビニ行ってくるね」
「今から?」
「うん。牛乳切らしちゃってたから」
「そっか」
気をつけてね、と私に言いながら彼はシンクの前に立つ。何も勘付かれてはいない。このままこの部屋を出て、私は二度とここへは戻らない。さようなら、ありがとう。靴を履いてチェーンを外す私の手をいきなり後ろから掴まれた。
「どこへ行くの」
キッチンにいたはずなのに。知らないうちに真後ろに立たれていた。心臓が次第に速く動き出す。
「だから、コンビニ」
「噓だよ。キミの嘘はすぐ分かる」
そのまま後ろから抱き締められる。全てを包み込む優しい抱擁だった。途端に自分の体が鉛のように重くなってゆく。
今日こそは行動を起こそうと決めていたのに。やっぱり駄目だった。
「行かないでよ」
たったその一言だけで、私の心は観念してしまう。微かな抗いはもう姿を失くした。チェーンから手をゆっくり離す。やっぱり、この人からは離れられない。
「行かないでよ」
「行かないよ、どこも」
「……本当に?」
「うん。ごめんね」
結局今日も、無理だった。きっと一生無理だと思う。こうやってだんだん自覚も鈍ってゆくのだろう。知らず知らずにゆっくりとこの人の中へ落ちてゆくのだ。私が彼の心に依存してるのか、彼が私の心に棲み着いているのか。多分、どっちもだと思う。どちらも、片方が居なくなったらきっと駄目になる。私たちは、2つで1つなのだから。
今日は、いつものお題のお話を書くのをお休みして日記を書きます。
毎年この日には主人がお花とケーキとちょっとしたものをプレゼントしてくれます。「いつも美味しいご飯を作ってくれたりお家のことやってくれて感謝してるよ」と言ってくれて、私が一方的に貰うばかりです。
結婚して最初の11月22日、結婚記念日なのに喧嘩をしたことがありました。原因は、今となってはもう思い出せないくらいなので、そんな大したことじゃなかったのかも。でも、その時はきっとお互いが頭にきて譲れなくて罵倒し合ったんだと思います。何年か経ってこうやって笑い話にできるから夫婦ってすごいよなぁ。
結婚してからも、いつも妻ファーストでいてくれてありがとうございます。ここを見ることは絶対にないから普段言えないことが言えちゃいます。本当はちゃんと口にして言わないといけないのにね。私だけが照れてて言えないだけで、あなたはいつも“ありがとう”とか“大好きだよ”をいっぱいくれます。その性格が羨ましい。私と全然正反対。多分そうやって、自分に無いものをもってるから一緒になったんだと思う。お互い持ってないものを補い合うから夫婦なのかもな、とも思ったりしました。
でもきっとあなたなら、夫婦になったのは、“ずっと離れずに一緒にいたいから”的なことを言うと思う。いつも歯の浮くようなこと言ってくるくせに、案外こういうのは実にシンプルなことを言ってきそうな気がする。
好きだから結婚した。そんな単純な理由か、とも思いがちだけど、私にはそれが1番嬉しいです。この人で良かった、この人が選んでくれて良かった、この人についてって良かったと思えます。昔とある人に、「長い結婚生活、愛だけじゃやってけないよ?」なんて言われたことがあったけど、逆になんで愛だけでやってけないの?って聞きたくなるほど私は主人に愛されてるんだと思います。だから、この先も、ずっとその気持ちを大切にしたい。昔は、最期に残されるのは寂しいから死ぬ時は先に逝きたいって思ってたけど、今は、たった1日だけ主人より長く生きて看取ってから後を追いたいです。そんなことを言ったらいつの話をしてるんだと笑い飛ばされた。俺とまだ50年以上居られるのにそんなつまんないこと考えないの、って。ネガティブ大魔王の私とキングオブポジティブのあなたです。こーゆうとこでも正反対。
何にしても今年の11月22日も、2人元気で、仲良く、楽しく居られるのは当たり前のようでそうじゃないんだと思いました。明日からの1年も、その先の10年も20年も、なかなか手のかかる妻なんですがどうぞよろしくお願いします。
たまにはノロケもいいもんだ
「じゃあ、どうすればいいの?」
ほらまた。口論が加速するとキミは必ずそれを言う。まるでトドメの一撃のように。その後にボクが押し黙るのを知ってるから言うんだろ。内心ではボクに勝てたとでも思ってほくそ笑んでるんだろ。
いつもいつもそうだ。最終的にボクが悪者にさせられる。もう沢山だ。だから、もう同じような結末にはさせない。
「別れたほうがいいんじゃない?」
案外淡々と言えるもんだ。少しも言い淀んだりしなかった。つまりは腹の底からボクはそれを望んでいるのだろう。
「……そっか。じゃあ、バイバイ」
キミもキミで。終わり方はあっさりしてるもんだな。ボクらもっと早くこうするべきだったんだ。何をそんなにずるずると続けていたんだろうか。じゃあどうすればいいのって、これまでに何回もキミに聞かれたのにね。キミはボクにいつも終わらせる為のアシストをしてくれていたんだ。なのに気付けなかったボク。笑っちゃうよね、本当に。こんなに一体何を迷っていたんだか。
「さよなら」
もう向こうへ歩き出したキミの背中に向けて言った。全然悲しくないよ。むしろ終わりは始まりだ。次の出会いに向けてボクは意欲的にさえなれそうだ。
でも。
だけど。
キミのこと好きだった時間があったのは嘘じゃなかった。それは伝わっていただろうか。もうこの際、それもどうでもいい話なんだけど。
じゃあどうすればいいのって。
言われたらもう、何も言い返せないよ。
ずるいよ、キミは。
ボクの性格、知っててそんなこと言うんだから。