ゆかぽんたす

Open App
9/4/2023, 8:04:22 AM

幼馴染みのナオちゃんとは幼稚園の頃から一緒だ。だからかれこれもう10年以上の付き合いになる。ただし、付き合いが長いからと言って私たちの距離は縮まらない。私がどんなに想いを寄せようとも、“幼馴染み”という間柄から前進することはなかった。多分、この先もきっと希望はないと思う。
だったら早々に諦めればいいのに、どうしてかな、彼の笑顔を見ているとそんな決断を鈍らせてしまう。いっそもう、彼の近くから離れたほうがいい。そう思って、大学は都内の大学に受験することに決めた。別に、そうしたのは彼がすべての理由じゃない。やりたいことも目指したいものも叶えてくれそうな大学だと思ったからそこに決めた。いつまでも彼に縛られてちゃいけない。私もちゃんと自分の夢と向き合おう。そんな前向きな気持ちで進路を考えていたというのに。
「どういうつもりだよ」
放課後、たまたま廊下ですれ違った私の腕を彼が捕まえた。どういうつもりって、何が。そう聞こうとしたけど、声に出なかった。あまりにも彼が怖い顔で私のことを睨んでいたから。こんなことは知り合ってから1度もない。ただごとでは無いんだと感じ取れた。
「俺に黙って外部受験しようとしてたなんてな」
「黙ってって……別にそういうつもりじゃ」
「ならどうして俺に何も言わない。少なからず、やましい気持ちがあったんだろ」
私を見下ろしてすごんでくる。付き合いが長いから、これまでに喧嘩したことはあったけど。ここまで不機嫌さを隠さずに迫ってくるのは初めてだった。
「私の進路なのに、どうしてナオちゃんの許可がいるの。関係ないじゃん」
「なんだと」
「私なんか居ても居なくてもあなたの人生に影響ないでしょ」
「……本気で言ってんのか」
思わず後ずさりしそうになる。でもなんで私が責められなきゃいけないの。こんなのおかしい。そう思ったから私も負けじと睨み返す。何も語ることなくただじっと、彼の瞳を見つめ返した。その睨み合いの勝負から先に退いたのは向こうだった。彼は小さな溜め息を吐いて頭を掻く。そして悪い、と一言呟いた。
「俺らって、今までいつも一緒だっただろ。学校も委員会も選択科目も」
それは別に2人で示し合わせたわけでもなく、本当に偶然で同じだった。幼稚園からの約13年間、私たちは顔を合わせない日がなかった。だからお互いの考えてることも何となく分かるし、些細な変化にも気づけた。でもこれで私が都内の大学に進めば。彼と顔を合わせる日々でなくなる。つまりはそういうことだ。
「お前の未来は俺のもんじゃない。そんなこと分かってるけど……なんつーか、ショックだったんだよ。お前が黙って俺の前から居なくなろうとしてることが」
「ナオちゃん……」
「お前が俺の近くに居るのが当たり前に思ってた。けど、違うんだよな」
ちょっと寂しそうに笑って、彼は廊下の壁にもたれ掛かった。そんなふうな顔をしたいのはこっちだと言うのに。心が痛い。彼は私の気持ちに気づいてなかったからそんなふうに言えるんだ。やっぱり、彼の前から離れるという選択は正しい。私はいま一度決心した。
「お互い受験、がんばろうね」
これが、私の精いっぱいの返事であり強がりだった。うまく笑えてただろうか。自信はないけど自分なりにうまく笑顔を取繕ったつもり。まるで捨て台詞みたいなその一言だけ言って、私は彼に背を向け歩き出そうとした、その時だった。
「待てよ」
私の手首を彼が掴んだ。
「まだ話は終わってねーよ」
「……痛いよ」
「さっき、私なんか居なくてもあなたの人生に関係ないでしょとかなんとか言ってたよな」
「言ったよ」
「ふざけんな」
掴まれていた手首が引っ張られた。前につんのめりそうになる私をナオちゃんが受け止める。でもそのまま、離してはくれなかった。ぎゅっと抱き締められたまま、私は彼の肩口しか見ることができない。
「大有りだよ、バカ」
その言葉は、とても弱々しい口調だった。まさか、そんな。思わず彼の顔を確認したかったけど、相変わらず離してくれない。彼のこの強い力が、本気なんだと訴えてくる。
「ごめんね、ひどいこと言って」
私も小さく呟いた。それが聞こえたらしく彼はもう一度ぎゅっとしてきた。ごめんね。今まで気づかなくて。勝手に離れようとして。毎日顔を合わせてても、そこまではお互い読み取れなかった。どうしてだろうか。多分きっと、お互いに隠していたからだ。お互いが相手のことを思うあまりに。あぁ、なんて。なんて私たちは不器用なんだろうなと思った。


9/3/2023, 7:53:16 AM

さあ、笑えよ見下せよ。僕のことをとことん詰ればいい。それで気が済むのならいくらでも受けてやるさ。言うだけ言ってそれでお前が満足できるなら易いものさ。喜んで罵声を浴びるとしよう。

僕はね。
絶対に譲れないものがあるんだ。
自分の命を天秤にかけても、これだけは譲れないというものが僕にはある。だからお前の怨み言なんかどうだっていいのさ。なんと言われようが一向に構わない。
お前にはまだ分からないだろうな。命を賭けるって、そういうことじゃないか。守りたいものがあるから何だって受けとめられる。信念みたいなものだと思う。それは時として自分に物凄い力を与えてくれる。勇気とか希望とか、そういう言葉をお前は嫌うだろうけど、目に見えないからこそ凄いものなんだっていつか分かる日が来るさ。

現に見えるよ。何だかんだ文句を並べるお前の心にもちゃんと心の灯火がある。本当は現状に満足していないんだろう?だったらどうするか、答えは簡単じゃないのか。やり直すのはいつでもいい。やり直したいって思った時こそ、動くべきだ。
お前は勇気をふりしぼれるか?それともそこでいつまでも突っ立ったままか?

9/2/2023, 8:48:24 AM

電話を何十回かけても出てくれない。仕方ないからLINEを送った。これから私たちどうなっちゃうの?、って。クエスチョンで終わらせれば返事を返さなきゃならないでしょう。だから質問したの。でもその答えは分かってる。キミは私じゃなくて、あの子のことを選ぶ。本当は知ってたんだ。私に隠れてたつもりでも、あの子はキミのことが好きで、キミもあの子に惹かれていたって。それでも私は知らないふりしてたの。キミの一時的な気の迷いだろうって、そう思いたかったから。でも結局それは無駄な行いだった。私が何も言わないのをいいことにキミとあの子はどんどん親密になっていった。もう、後戻りできないほどに。


たっぷり2週間経ってようやくキミからのLINEを受信した。あんなに返事を待っていたのに、いざとなると怖くてキミの返事が見れないや。きっと、私のことなんてどうも思っちゃいないだろうに。どうしてこんなに胸がざわざわしてるんだろう。ずっと心臓がどくどく言ってる。そんなに緊張しなくても、もう何の希望も無いんだってば。自分に言い聞かせてもまるで効果なしだ。
このLINEを開けば今度こそキミとの関係は終わる。それが怖くて開けられずにいる。ならいっそ、開けないまま削除してしまおうか。どちらの選択もこんなにも勇気がいるだなんて。どうしたらいいの。どっちが正解なの。分からないよ。私の何がいけなかったのかも、キミがいつから私に愛想尽かしてたのかも。分からなさすぎて苦しいよ。もう傷つきたくないよ。私は静かに泣いた。でも、いくら泣いたってこの涙を拭ってくれる人はいない。LINEのグリーンのアイコンがこんなにも目障りだと思ったことは初めてだ。震える手でトーク画面を呼び出した。大きな深呼吸をひとつして。じゃあ今から、キミの名前をタップするよ。

(さようなら。)


8/31/2023, 1:16:18 PM

無意識にキミの番号をタップしていた。
『もしもし?』
コール3回目でキミが出た。それだけでこんなにも安心するなんて。思っていた以上に僕は疲れていたらしい。
「やぁ。こんばんは」
『どしたのこんな時間に』
ていうかこんばんは、って。そう言いながら電話の向こうでくすくす笑うキミ。あぁ、落ち着く。その証拠に長い長い溜息が出た。
『……ほんとに、どしたの?なんかあった?』
「あった、のかな。良くわかんないな」
『なぁに、それ』
こんな非常識な時間にかけても怒るような人じゃない。それが分かってて電話するなんて僕は狡い男だよね。でもどうにも耐えられそうになかったんだ。そろそろ心が限界だった。だからキミの声をどうしても聞きたくて。
「ごめんね。眠かったでしょ」
『んーん、別に平気だよ?なんか寝れなくてTV見てた』
「そうなの?めずらしいね」
『そろそろ、電話が来る頃かなぁって思ってたからね』
「……僕から?」
『うん』
キミはすごいな。もう、声だけじゃなくて今すぐ会いたいよ。そんな困らせるようなことさえ今なら言ってしまいそう。それくらい弱っていたのだと改めて思い知る。
『完全な人間なんていないんだから。寂しい時は寂しいって言っていいんだよ』
その言葉がすとんと僕の心に落ちてきて。すごくすごく満たされる気持ちになった。キミの前では不完全な僕でいていいのだ。それが分かって、ようやく僕は笑えた。

キミがいつも僕のそばにいる。たとえ離れていたって、心はいつも、僕のそばに。

8/31/2023, 6:03:01 AM

「お前はちっとも変わらねぇな」
こういう時、どっちのほうが嬉しいんだろう。“変わったね”のほうがいいのか、“変わらないね”のほうがいいのか。とりあえず、7年ぶりに再会してみて、彼の目に映る私は変わってないほうだったらしい。喜ぶべきか落胆すべきかいつまでも悩んでいたら変な顔になっていたらしく額を軽く小突かれた。ちっとも痛くないけど額を押さえながら痛いよと抗議した。だってそうしなきゃうまく取り繕えそうになくて。
「それで?お前は今何をしてるんだ?」
「別に。ごく普通の一般企業に就職して毎日サービス残業してるよ」
「そいつは御苦労なこった」
高校3年時のクラスの同窓会。当時の学級委員だった子が動いて皆に連絡を取り今日が実現した。その中でも今、私の隣でグラスを持つ彼には最後まで連絡が取れなかったらしい。なんでも彼は、誰もが知る大手企業に勤めており日夜忙しくしているようだった。海外出張なんてざらにあるから、連絡がつかなかったのも当然だ。
だが、再び昨日誰かがダメ元でメールを送ってみたらしい。そうしたらたまたま昨日から日本に戻っていたようで、当日の今日、奇跡的に時間が取れたため顔を出してくれた。
彼が来た時すぐに分かった。そして、彼も私の存在にすぐ気がついた。約7年という月日が経っていても何故か「久しぶり」とはならなかった。
「私なんかよりずっと忙しいんでしょ?休みなんてないんじゃないの?」
「そうだな。この集まりがお開きになったらまた、仕事に戻る」
「えぇ……」
あと2時間そこらで日付が変わると言うのに。昼も夜も関係なく働いてられるなんて。よっぽど好きじゃないと出来ないな、と思った。でも彼らしいとも思える。昔から向上心の塊のような人だった。どこまでも自分の可能性を信じているような人。だから私にはちょっと、眩しすぎた。
「体には気をつけてね。あんまり仕事に忙殺されてると彼女に愛想尽かされちゃうよ」
「そういう存在がないからその心配は必要ねぇな」
「あ、そうなんだ」
今だって変わらず格好良いのに。いやむしろ、大人になった彼は格好良いの言葉で表現しきれないくらい。高校時代からすでに周りと比べて大人っぽかった。それでも、歳を重ねた今の彼は、あの時には無かった色気とか妖しさみたいなものを纏っている。
そういう、雰囲気の変化はあれど、“変わった”か“変わらない”かでは、彼も私と同じで“変わらない”の方だと思う。さっきからずっと感じていた。彼からふわりと香る香水が、高校時代のものと同じものだということ。懐かしいこの香りに私は抱き締められたことがある。あの頃の記憶を一瞬にして思い出させる。このままずっと嗅いでいると、お酒の効果もあって頭がぐらりとしてしまいそう。
「この後戻るようだから、飲まないようにしている」
彼が持っていたグラスの中身はノンアルコールだった。不意に彼が私の手からカクテルグラスを奪い取る。名前は忘れた、琥珀色の液体が入っているそれを見て目を細めた。
「だが、これを飲んで仕事を放棄して、今夜お前と過ごそうかとも考えている」
ニヤリと彼が笑う。私の心の内を読み当てたぜと言わんばかりに、クククと妖しく笑うのだった。どうせバレバレだったのだ。再会した瞬間に彼には私の気持ちが見抜かれてしまっていた。どんなに平生気取っても、やっぱり彼には隠せやしない。
「お前がこの手を止めないと、俺はこれを飲んじまうぜ?」
私は試されている。でも、彼を止めるなんて選択は脳裏によぎることすらなかった。彼は静かに琥珀色の液体を飲み干す。この空間には私達以外にも居るはずなのに、もう他の誰の声も耳に入っては来なかった。彼はテーブルに空になったグラスを置くと私に顔を近付けてくる。懐かしい香りが私を包む。
「このカクテルの名前を知ってるか」
唇が触れ合う直前聞かれた。知らないし、そんな事を考える頭の余裕はもはやなかった。黙ったままの私に彼が囁いた。
「ビトウィーン・ザ・シーツ」
直後交わしたキスは、甘くほろ苦い味がした。

Next