ゆかぽんたす

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「お前はちっとも変わらねぇな」
こういう時、どっちのほうが嬉しいんだろう。“変わったね”のほうがいいのか、“変わらないね”のほうがいいのか。とりあえず、7年ぶりに再会してみて、彼の目に映る私は変わってないほうだったらしい。喜ぶべきか落胆すべきかいつまでも悩んでいたら変な顔になっていたらしく額を軽く小突かれた。ちっとも痛くないけど額を押さえながら痛いよと抗議した。だってそうしなきゃうまく取り繕えそうになくて。
「それで?お前は今何をしてるんだ?」
「別に。ごく普通の一般企業に就職して毎日サービス残業してるよ」
「そいつは御苦労なこった」
高校3年時のクラスの同窓会。当時の学級委員だった子が動いて皆に連絡を取り今日が実現した。その中でも今、私の隣でグラスを持つ彼には最後まで連絡が取れなかったらしい。なんでも彼は、誰もが知る大手企業に勤めており日夜忙しくしているようだった。海外出張なんてざらにあるから、連絡がつかなかったのも当然だ。
だが、再び昨日誰かがダメ元でメールを送ってみたらしい。そうしたらたまたま昨日から日本に戻っていたようで、当日の今日、奇跡的に時間が取れたため顔を出してくれた。
彼が来た時すぐに分かった。そして、彼も私の存在にすぐ気がついた。約7年という月日が経っていても何故か「久しぶり」とはならなかった。
「私なんかよりずっと忙しいんでしょ?休みなんてないんじゃないの?」
「そうだな。この集まりがお開きになったらまた、仕事に戻る」
「えぇ……」
あと2時間そこらで日付が変わると言うのに。昼も夜も関係なく働いてられるなんて。よっぽど好きじゃないと出来ないな、と思った。でも彼らしいとも思える。昔から向上心の塊のような人だった。どこまでも自分の可能性を信じているような人。だから私にはちょっと、眩しすぎた。
「体には気をつけてね。あんまり仕事に忙殺されてると彼女に愛想尽かされちゃうよ」
「そういう存在がないからその心配は必要ねぇな」
「あ、そうなんだ」
今だって変わらず格好良いのに。いやむしろ、大人になった彼は格好良いの言葉で表現しきれないくらい。高校時代からすでに周りと比べて大人っぽかった。それでも、歳を重ねた今の彼は、あの時には無かった色気とか妖しさみたいなものを纏っている。
そういう、雰囲気の変化はあれど、“変わった”か“変わらない”かでは、彼も私と同じで“変わらない”の方だと思う。さっきからずっと感じていた。彼からふわりと香る香水が、高校時代のものと同じものだということ。懐かしいこの香りに私は抱き締められたことがある。あの頃の記憶を一瞬にして思い出させる。このままずっと嗅いでいると、お酒の効果もあって頭がぐらりとしてしまいそう。
「この後戻るようだから、飲まないようにしている」
彼が持っていたグラスの中身はノンアルコールだった。不意に彼が私の手からカクテルグラスを奪い取る。名前は忘れた、琥珀色の液体が入っているそれを見て目を細めた。
「だが、これを飲んで仕事を放棄して、今夜お前と過ごそうかとも考えている」
ニヤリと彼が笑う。私の心の内を読み当てたぜと言わんばかりに、クククと妖しく笑うのだった。どうせバレバレだったのだ。再会した瞬間に彼には私の気持ちが見抜かれてしまっていた。どんなに平生気取っても、やっぱり彼には隠せやしない。
「お前がこの手を止めないと、俺はこれを飲んじまうぜ?」
私は試されている。でも、彼を止めるなんて選択は脳裏によぎることすらなかった。彼は静かに琥珀色の液体を飲み干す。この空間には私達以外にも居るはずなのに、もう他の誰の声も耳に入っては来なかった。彼はテーブルに空になったグラスを置くと私に顔を近付けてくる。懐かしい香りが私を包む。
「このカクテルの名前を知ってるか」
唇が触れ合う直前聞かれた。知らないし、そんな事を考える頭の余裕はもはやなかった。黙ったままの私に彼が囁いた。
「ビトウィーン・ザ・シーツ」
直後交わしたキスは、甘くほろ苦い味がした。

8/31/2023, 6:03:01 AM