ゆかぽんたす

Open App
8/10/2023, 3:08:32 AM

うずくまっている私の背中を誰かが後ろから抱いた。
その正体を確認したかったけど、思いのほか力が強くて身動きできなかった。
「そのまま聞いて」
耳元で囁かれた。あぁこの声知ってる。ようやく誰か分かったけど、どうしてこの人に抱き締められているんだろうとも思った。でも、今は素直に言われた通りそのまま動かずじっとすることを選ぶ。
「つらいよね。その気持ちが分かる、なんて軽々しく言えないけど、今のキミはいつもの調子じゃないことくらいは分かってるつもり」
「……それはどうも」
「だから俺は頑張れなんて言わないよ。もう充分、キミは頑張ってるから」
だからさ。あとはやるだけやってみたら?
サラリと言われた。決して投げやりな言い方じゃなかったけど、その言葉はとても軽くて、じんわり私の耳の中に浸透してゆく。まるでそよ風を受けたくらいの感覚。
できなくてもいい。上手くいかなくたっていい。
そのステージに立つことが重要なのだから。逃げも隠れもせず、たった1人で立つキミは誰よりも格好良いよ。
最後にそう言って私の体から温もりは離れた。でも、彼の言葉が魔法となってずっとここにいてくれる気がした。独りじゃないって、思えた。
やるだけやってみようか。挑むことに意味がある。結果なんて最初からあてにしてたら何もできない。立ち上がって大きく背伸びした。太陽が眩しい。風が気持ちいい。今の私は、間違いなく1分前の私より強くなっている。


8/8/2023, 2:25:35 PM

僕には双子の妹がいる。兄の僕が言うのもなんだけど、それはそれはもう可愛くて。そこら辺の女子より断然眩しい。しなやかな黒髪と青みがかった瞳、長い手脚とやや厚めの唇。どこを切り取っても妹を超えられる同性の生物はいないんじゃないか。目に入れても痛くない。むしろ妹になら、踏まれたって痛みなど感じない。僕は彼女の1番の理解者であり、1番そばに居ていい存在なんだ。だから、お前が何かに怯えている時はその対象物を全力で排除するし、笑顔を奪うやつは断じて許さないよ。

だからいつ何時であってもお前には笑っていてほしいのに。最近の妹は気づくと一点を見つめて固まっている。塞ぎ込んでいる、とでも言うべきか。食事も残すし早々に自室へ籠もってしまう。一体どうしたというのだ。なにかの病に侵されているのか?そう考えただけでもう何も手がつかない。どうかいつものようにお兄ちゃんに笑いかけてくれないか。手を取り妹にそっと囁いた。だが彼女の表情は変わらない。困った顔も相変わらずキュートだ、が、そんなことを言ってる場合ではない。何をそんなに悩んでいるんだ。お兄ちゃんに話してごらん?優しく問い掛けるとようやくこっちを向いてくれた。お前を悲しませるものは全て排除してやろうではないか。何でも言っていいのだよ。さぁ、お前の悩みは何だ?
「あのね、担任の先生が、その……気になってて」


……………………………………………恋煩いか!


いや待て、色々待て。担任の先生……だと?教師に恋してるのかお前は?お前の担任は確か30代の妻子持ちの奴だろうが。もうこれは、アウトだ。そんなこと決して許されないぞ。下手すれば法に引っ掛かる恐れもある。というか、待ってくれ、そもそもお前は……恋をしていたのか?【恋】。異性(時には同性)に特別の愛情を感じて思い慕うこと。恋すること。恋愛。恋慕。ウィキペディアよ、助かった。
兎にも角にも、そんなものに翻弄されていたのか僕の可愛い妹は。駄目だ、断じて、あってはならない。だってお前は、ずっとお兄ちゃんのそばにいると言ってたじゃないか。あの約束を忘れたのか?僕はずっと覚えてるし信じてるぞ。お前が僕のそばから離れないことを。僕を第1に思っていてくれてることを……!なぁ、そうだろう、僕のモンソレイユ!?
「……なにそれ。キモい」


Oh, mon Dieu !!!!!






8/7/2023, 1:05:50 PM

最初から決まっていたらしい。
僕が勇者になることも。世界を救うことも。あの子を見殺しにしてしまうことも。
何だよそれ。
一体何処でどの選択を間違えたのか。
もう二度とやり直せないのか。
リセットボタンはどこだ。ロードポイントはどこだ。
探し歩いてもそんなものは何処にもない。
街の人が話す言葉はテンプレでしかない。
どこまでも続く青い空。
そろそろエンドロールが流れてしまう。
こんな終わり方、認めるもんか。
どうしたって、全員が幸せになる結末なんて無いのか。
僕が主役にならなければ、余計な血や涙は流れなかったか。
今さらそんなことを言ったところで世界は変わらない。
リセットもロードも出来ないというのなら。
この物語の主人公は不在にしよう。
僕は腰に備えていた剣を空に掲げる。
その向こうに見える空は沁みるように青い。
「――GAMEOVERだ」
どうせなら最後に笑っておこう。
僕は満面の笑みで、切っ先を己に向けて勢い良く振り落とした。

8/7/2023, 6:03:10 AM

「それで?」
ずっと気になっていた女の子に告白をした。クラスで1番根暗とも言われているこの僕が。多分、後にも先にも告白なんて行為はこれっきりだと思う。自分でも驚くほどこんな行動に出たのは、やっぱり彼女のことが好きだから。好きで、どうしようもなくて毎晩夢にまで出てきてしまう。日中は本物が視界の中にチラつくし。寝不足になるわ食欲不振になるわで、これ以上体調を崩すのがしんどかった。もしかしたら、“好き”という気持ちが押さえられないからというより、自分の健康のために告白を決行したのかもしれない。理由はどうあれ誰かに自分の気持ちを伝えることは生まれて初めてのこと。物凄く緊張した。なのに彼女は、YESでもNOでもない返事を僕にくれた。
「それで、って……」
「だから、私のことが好きで、それでどうするの?」
こんなことを言われるだなんて思いもよらなかった。でも実際、僕は彼女のことが好きで、それでどうなんだろう。付き合いたいのだろうか。正直、考えたこともなかった。ただ彼女に好意的な感情があるという事実を認めるだけで、その先がどうあってほしいだなんて想像すらしていなかった。だってその先は事実ではなく僕の願望になるから。
「ていうか私のどこが好きなの?」
その質問も唐突だった。どこが、と問われて僕は口を噤む。彼女は学年1の人気者で、美人で才女だ。僕以外の男からも告白されてるに決まってる。その人たちにも、僕と同じような質問をしたのだろうか。そして彼らは何と答えたのだろう。可愛いから、スタイルが良いから、頭が良いから。何となく、そんなふうには想像がつく。けれど僕はそれらのどれでもない。
「眩しいから」
「え?」
「キミはいつも眩しいんだ。僕なんかみたいな底面の人間にとっては眩しすぎて、下手したら有害になりかねない」
「……なに、それ」
告白相手に有害だと言ってのけるなんて。やはり今日の僕はどうかしてる。だけど本当のことなんだ。こんな、暗くて地味な僕からしてキミは対極の世界にいる。まるで太陽のようだ。でも絶対に、この手は届くことがない。
「私は貴方に害を及ぼしてるの?」
真っ黒くて大きな瞳が僕の顔を覗き込む。怒られると思っていたのに、その表情は何故か笑っていた。僕を試しているような上目遣いで。
「面白い人。そんなふうに言われたの初めて」
そりゃそうだと思う。“好きです”からの“有害だ”の流れははあまり結びつかない。ごめん、と言おうとした僕をさえぎって彼女は一歩僕に近付く。
「いいよ。じゃあ取り敢えず名前教えてよ。そこから始めましょう」
そしてその指の長い手を僕の方へ差し出してきた。宜しくね、根暗くん。言われた僕はごくりと唾を飲み込んで、彼女の手を握った。太陽が手に届いた瞬間だった。



8/6/2023, 7:59:30 AM

またひとつ、何処かの誰かの命が消えた。
半径500メートル四方に響き渡る音がそれを知らせた。
僕には多分関係のない人だろうけど。
それでも、心臓の奥の奥まで染み込んでくるような重厚な音が無関係の人間をも哀しみの中へ誘い込む。
ずっと、平和であればいいのに。
口にするのは簡単なこと。
他人事のようにも言えてしまう。
ならば皆の願いが足りないのだろうか。
現に今日も、空へ昇ってゆく命が存在した。
壊すだけ壊して、それが無意味だと当事者が気付かなければ戦争は止まらない。
争いは破壊でしかない。何も創造できない。
もう沢山だ。
気付いてくれ。
あとこの鐘の音を何度聞いたら空は晴れるのだろうか。
幼い頃に見たあの青い空をまた拝める時は来るのだろうか。
重い暗い鐘の音の下で手を合わせ、ひっそりと世界の平和を祈る。

Next