ガルシア

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4/21/2023, 12:05:51 PM

 「雫」という一文字にはどこか清らかな印象を抱く。実際にはただの液体の滴りだというのに、不思議なものだ。雫と聞くと、月の光に照らされる水滴とか聖水の一滴だとか、そういう澄んだものを連想してしまう。色のついた液体だろうと雫は雫だというのに。
 音もなく、手にしたナイフの先から水滴が落ちて床を汚した。深く赤い色をしたこれもまた雫ではある。しかし神聖には思えない。或いは、神聖な人物から流れたものであれば清らかなものなのだろうか。
 膝を折り、床を僅かに濡らしたそれを指で拭って舐めた。鉄臭い。酸味、だろうか。なんとも形容し難い味をしている。先程切り裂いた女の匂いを思い出した。

4/20/2023, 11:57:56 AM

 あなたさえいれば何もいらない。
 浪漫に溢れた素晴らしい言葉だと思う。しかしそれは浪漫があるだけで、リアルかと言われると疑問が残る。仕事と私のどちらが大切なの、とこれまたよく聞く言葉と同じだ。恋人と恙無く幸せに生きるには仕事だって大切だし、その他の人間関係だって大切だ。
 何がどう回ってそんな話になったかは思い出せないが、私がそう言うと彼女は可笑しそうに笑った。真面目ですね、堅すぎます、先輩らしいです。どう言われたのだったか。照明を反射して光って見える、彼女の少し明るい目の色が記憶に焼きついていた。
 あなたさえいれば何もいらないとまでは思わないが、彼女がいなければ、少し困る。そんな思考がふと頭を掠めた気がした。

4/19/2023, 10:44:38 AM

 未来が見えたなら。
 大抵の人は考えたことがあるだろう、陳腐な願いだ。もちろん僕だって考えた。どうすれば成功するのか、どうするのが最善なのか、未来がわかればいくらでも人生を優位に進められる。それは些細なことから、それこそ運命を左右するほど重要なことだって。
 未来が見えたらいいのに。心底馬鹿げたことだと思っているのに、願わずにはいられない。身を切り裂きそうな空気の中、澄んだ星空は皮肉なほどに美しいというのに流れ星ひとつも恵んではくれなかった。
 許してくれ、友よ。
 僕に未来が見えたなら、今もあの顔で笑っていたはずなのに。

4/18/2023, 1:50:44 PM

 俺は生まれつき色がわからない。モノクロ映画のように世界が見えている、らしい。黒と白と言われても俺に見えている黒と白が正しいのかもわからないのだから、本当にその例えが合ってるかはわからない。
 彼女は生まれつき色が違うらしく、日傘やサングラスや日焼け止めなど、普通の人よりいろいろ注意が必要だと言っていた。見た目が違うから、何かと面倒事に巻き込まれることも多いのだとも。
 出会ったのは学生の頃。「気持ち悪いでしょ」と自虐気味に笑った彼女に、「色がわからないから、皆と変わらない」と答えたらひどく嬉しそうに笑っていたのを覚えてる。今でもそれが嘘だったとは言えていない。
 俺、濃淡はわかるから、君が周りと比べて真っ白なのはわかってたんだ。髪も肌も白くて、どこにいてもすぐわかった。
 君が少しでも普通の感覚が味わえるなら、それで良いと思った。今でも思ってる。でも嘘をついているのはごめん。

 色の無い俺の世界で、鮮やかに微笑んでいる君へ。いつか本当のことを言えるようになるまでは、いつも通り俺に色を教えてほしい。

4/17/2023, 2:14:04 PM

 桜の木の下には屍体が埋まっているから美しい。らしい。
 青白く光って見える夜桜を見上げると、まだ半分には満たないがちらほらと葉が混ざり始めているため、近いうちに全ての花が落ちてしまうだろう。確かにこうして儚く散っていく光景には風情がある。魂を少しずつ成仏させるかのように、一枚一枚花びらが落ちていくのだ。
 なるほど、と感嘆しながら根元に寝転がる。この下には君が埋まっている。君を覆う土だと思うと、ただの地面が愛おしく思えた。屍体が埋まっているから美しいと教えてくれたのは君だったね。
 埋めるときすら美しかったのだから君が咲かす桜はさぞかし美しいだろうと思っていたが、期待以上だ。君の光り輝く魂が、枝葉の末端や花びらに宿っているんだろう。
 全て散ってしまったら、君には会えなくなってしまうのは、寂しいな。また君を埋めなきゃ。

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