【閉ざされた日記】
自分が小学生の頃、父と交換日記をしていた。
幼い頃、両親は離婚した。暫くしてから母は自分を含めた子供3人を連れて遠い実家へ帰った。
たまに父と電話をしていたが、ある日父が言った。
「ノート買ったから、交換日記をしよう」
それから3冊のノートが届き、それぞれ名前が書いてあるノートを開いた。正直、何が書いてあったか、自分が何を書いたか覚えていない。
ただ交換日記はしばらく続き、唐突に終わった。たしか、父に再婚相手ができたと知ってからだったと思う。
それから暫くして大人になった自分は懐かしい生まれ故郷を尋ねた。昔遊んだ場所、思い出の街。幼い記憶を呼び起こしながら色々廻った。
なんだか、おじいちゃんやおばあちゃんに会いたくなり、久しぶりに連絡をとった。
家を尋ねると父もいる。どうやらおばあちゃんが連絡したらしい。両親が離婚してからもしばらく遊んでくれた父だったが、なぜだか顔を思い出せないでいた。
「再婚こそしたけど遠慮せず会いに来てほしい」
父は言うが、子供だってもう2人いることも知ってる。気まず過ぎるだろと思ったが、以外にもすぐに打ち解けた。
話していくうちに、交換日記の話題になる。父はちょっと待て、と言って奥の部屋へ行く。暫くして1冊のノートを手に持って来た。
これしか無かった、と手にしていたのは弟の交換日記。
「家に戻ればあと2冊もあるかも知れない」
と父は言った。だけど、日記は自分のところでストップしていたような気がするが、それを口にはしなかった。
【木枯らし】
今日は風が強い。木枯らしでも吹いてきているのだろうか。
暑かった夏も終わってもう冬に到来か。なんだか残暑が続いて秋が来たって感じがしなかったな。
そう思って私は空を仰いだ。
頭上には綺麗な黄色に染ったイチョウが見える。
体感では気づかなかったが、秋は確かに来ていたんだな、と思う。
その時、ひときわ強い風が吹いてきた。
一瞬目を細めたが次の瞬間、目の前が黄色く染った。イチョウが風に乗って宙を染め、地面に黄色いカーペットを作る。
綺麗だな、と私はその光景を眺めていた。
さて、そろそろ冬物の服も準備しておかないとな。
【美しい】
あるところに1匹の小さな働き蟻がいました。毎日列を作ってせっせと食べ物を運びます。今日も食べ物を運んで働いていました。
すると突然、強い風邪が吹き始めます。その時、一匹の蟻が風邪で飛ばされてしまいました。
「どうしよう、みんなとはぐれちゃった」
一匹はぐれてしまった蟻は不安になってしまいます。するとどこからか声が聞こえてきました。
「困ってるみたいだけど、どうしたの?」
周りを見渡してみましたが、誰もいません。
「ここだよ」
見ると、アスファルトに小さな花が咲いていました。
「風に飛ばされちゃってはぐれちゃったの。疲れちゃったしお腹も空いた」
それは大変だ、と花は言いました。
「僕の蜜を飲むといい。それにどうやら雨が降るみたいだ。雨宿りして疲れを取りなよ」
蟻は花の言葉に甘えます。しばらくしないうちに、花の言った通り雨が降り始めました。蟻は花の陰に隠れ、雨が止むのを待ちました。
「お花くん、君は平気かい?」
「大丈夫さ、雨は僕らにとって恵なんだ」
それから二人は楽しく色んな話をしました。
「僕はずっとここにいるからいつも寂しかったんだ。変な言い方だけど、今日蟻くんに会えてよかったよ」
「そうだったんだ。僕もお花くんに会えてよかったよ。ねえ、もし良かったら僕ら友達にならないかい?」
「本当に?それは嬉しいなぁ」
その時、ちょうど雨が上がりました。どうやら通り雨だったようです。
「雨が上がったみたいだ。蟻くん、僕を見てご覧」
花についた雨雫には、小さくてきれいな虹が掛かっていました。
「きれい、空が僕たちをお祝いしてくれてるみたい」
お互いに不思議な友達ができた二人は、小さく笑い合いました。
【この世界は】
オレはTVを観ながらコーヒーを飲み、軽い朝食を摂っていた。事件、事故、災害、スキャンダルなど。朝から暗いニュースばかり流れる。
食事を終えたオレは簡単な身支度を済ませ、仕事に行くため家を出る。
信号無視の車、よそ見してぶつかってくる通行人、電車内で大声出す学生たち。勘弁してくれ 、朝からもう疲れた。
電車を降りる際、車内アナウンスの声が聞こえる。
「本日も、気をつけていってらっしゃいませ」
なんだか、少しだけ気持ちが明るくなった。
通勤途中、昼飯を買うためコンビニへ寄る。ふと、品物の内容量が少なくなってることに気がついてしまった。世の中物騒で不景気だね。
手にした品物をレジへ持っていく。
「いらっしゃいませ、おはようございます」
中年の女性が明るく対応する。その笑顔と元気の良さにつられ、こっちまで自然と口角が上がった。
コンビニを出た時、目の前を2人の小学生が通った。兄妹だろうか、少し背の高い男の子と黄色い帽子をかぶった女の子が手を繋いで歩いている。
男の子は車道側を歩き、横断歩道を曲がって立ち位置が逆になると手を繋ぎ変えてまた車道側を歩いていた。
そんな朝の出来事。
この世界も捨てたもんじゃないなとオレは思った。
【どうして】
「おねーちゃん何やっとーと?」
部屋に入ってくるなり少し年の離れた弟が言った。
「宿題だよ」
ウチが答えるとすかさず、
「なんで宿題やっとると?」
と聞く。小さな弟は最近なぜなぜ期に突入したのだ。
宿題に飽きたウチは走らせていたペンを止め、弟に少し付き合ってみることにした。机から離れ、弟と目線を合わせる。
「宿題やらんと先生に怒られるけん」
「なんで?なんで怒るの?」
「うーん、なんでやと思う?」
逆に質問してみる。
「いじめられとるから?」
なるほど、そういうふうに考えるか。
「そうね、先生はウチらが頭良くなるように宿題出してくれるんよ」
「頭良くなったらなんかいい事あるん?」
間髪入れずに質問する姿勢に感心しつつも答える。
「将来、いい暮らしが出来るかもしれん」
知らんけど。と心の中で呟く。
「なんで頭いいといい暮らし出来ると?」
「絶対やないよ。だけど頭良くないと先生とか、お医者さんとか、お巡りさんとか出来んのよ」
そうなんだ、とここで一旦質問は終了。
「僕も頭良くなる!」
少し間を置いて弟が言う。
「よし。じゃあ、ねーちゃんと一緒に勉強しようか」
そう言って粘土やパズルなどの知育玩具を出して一緒に遊ぶ。宿題は後でいいか。