DOES 1-500

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2/23/2023, 7:54:16 AM

 太陽のような緋色の実が、風に揺られては鈴のように音を鳴らしていた。
 そんなはずはない、と、耳を澄ましても、たしかに、音は揺れる南天の実から聞こえている。しゃん、しゃら、しゃりん、りん。神楽鈴のような音だ。一歩、木に近づけば、音はその分だけ大きくなった。
 しゃん。鈴が鳴る。
 しゃん。赤い実はいつしか眼前からなくなり。
 しゃん。幾重にも連なる鳥居になっていた。
 しゃん。一歩踏み出した足は何かに呑まれ、

 ――――南天はただ、風に身を任せるばかりだ。

2/11/2023, 12:54:03 PM

 この場所で語りたい物語があるんだ。だからどうか、少し時間をくれないか。
 ……なに、よくある与太話だよ。君にとっては重要でも何でもない、路傍の石と何ら変わらない話さ。でもね、私にとっては、とてもとても重要な話なんだ。
 明日を憂いたことはあるかい? 昨日を嘆いたことは? 今日の実在を疑うことは? ない? それは幸せなことだよ。うん、羨ましい限りだ。
 私の昨日はないと言ったら、君は信じるかい。まあ、そうだろうね。うん、私だって当事者じゃなければ、一笑に付すだろうよ。でもね、私の昨日はない。世界の今日のために、跡形も無くなってしまったんだ。
 だからなんだって? そりゃそうだ。君には他人事なんだもんな。それでいいのさ。それが、……私のやるべきことだった。
 時間をどうもありがとう。話せてよかったよ、明日会うはずだった昨日の君。今日がいい日でありますように。

2/7/2023, 10:42:42 AM

 どこにも書けないことがあるんです。
 告解室の小窓の奥から、そんな小さな言葉が漏れ出るのを、司祭はいつもと変わらぬ心持ちで聞いていた。小さな箱の中に自ら収まった信者は、堰を切ったように話を続ける。
 罪だから書けないのではありません。罰でもなく。誰かに知られてしまうのがおそろしいのでもないのです。ただ、どうしても、それを書くことは赦されぬのです。だからこうして、主に打ち明けることにしました。ここならば、主と司祭様しかおりませんので。
 罪の告白と云うにはあまりに軽い声を聞きながら、司祭は尋ねた。では、その書けぬ内容はなんでしょう、と。
 はい、……はい、司祭様。それは、ある生物の……いや、生物ですらないのかも知れませんが、とにかく、それについて書くと、何もかもを奪われるのです。全てを。嘘だとお思いでしょう、しかし、私は見たのです。隣の……彼が、何かに絡みつかれ、闇へと溶けていったのを。司祭様もご存知でしょう、行方不明になった彼です。彼から、この話を聞きました。そして実行した彼は――――彼、は……
 言葉に詰まる信者に、司祭はゆっくりで良いのですよ、と言葉をかけながら、その実、歓喜していた。内心で舌舐めずりをしながら、罠にかかった獲物を憐れんでいる。

 供物は既に、祭壇の皿の上に横たわっている。

2/3/2023, 1:59:07 PM

 1000年先も続くだなんてとんだ傲慢だ、と、目の前の相手に向かって嘲ってみせる。すまし顔がくしゃりと歪む様を見て、溜飲が下がった。
 分かっている、これは負け戦だ。勝ち筋は完璧に失われ、退路は既に潰えた。救援要請がしてあるとはいえ、間に合う可能性は限りなく低い。
 それがどうした、と言えるほどの覚悟なんて出来ちゃいない。死にたくない。まだ生きていたい。どうしてこんな目に遭わなきゃならない。でも、だからこそ、ここで終わることを納得して飲み込むのは癪に触る。理解はしていても、だ。

 せめてもの虚勢を張ろう。
 お前など取るに足らないのだ、世界の明日に比べたら!

1/31/2023, 2:23:49 PM

 旅路の果てにあったものは、なんて事はない今日だった。
 解き明かされた謎があった。音にできない歌があった。文字にならない言葉があった。積み重なった時間が今を作り、それがまた礎になっていく。

 また来る明日は、私を置いて過去になる。

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