どこにも書けないことがあるんです。
告解室の小窓の奥から、そんな小さな言葉が漏れ出るのを、司祭はいつもと変わらぬ心持ちで聞いていた。小さな箱の中に自ら収まった信者は、堰を切ったように話を続ける。
罪だから書けないのではありません。罰でもなく。誰かに知られてしまうのがおそろしいのでもないのです。ただ、どうしても、それを書くことは赦されぬのです。だからこうして、主に打ち明けることにしました。ここならば、主と司祭様しかおりませんので。
罪の告白と云うにはあまりに軽い声を聞きながら、司祭は尋ねた。では、その書けぬ内容はなんでしょう、と。
はい、……はい、司祭様。それは、ある生物の……いや、生物ですらないのかも知れませんが、とにかく、それについて書くと、何もかもを奪われるのです。全てを。嘘だとお思いでしょう、しかし、私は見たのです。隣の……彼が、何かに絡みつかれ、闇へと溶けていったのを。司祭様もご存知でしょう、行方不明になった彼です。彼から、この話を聞きました。そして実行した彼は――――彼、は……
言葉に詰まる信者に、司祭はゆっくりで良いのですよ、と言葉をかけながら、その実、歓喜していた。内心で舌舐めずりをしながら、罠にかかった獲物を憐れんでいる。
供物は既に、祭壇の皿の上に横たわっている。
2/7/2023, 10:42:42 AM