「静寂に包まれた部屋」
僕は元々ひとりが好きだった。
周りに人がいるのは好きじゃなかった。
自分のペースを崩されるし、ゆっくりできるし、気を使うだなんて面倒なこともしなくてすむ。
だから僕は静かな部屋が好きだった。のに。
君が僕の部屋に来るようになってから、誰かが傍に居ないことに寂しさを覚えるようになってしまった。
あっという間に距離を縮めてきた君は、一緒にいても嫌な感じがしなかった。むしろ、君の鼻歌だとか、髪の匂いだとかが、とても心地よくて、あぁ、これが恋なんだな、と思った。
僕に人との付き合い方だとかを君は教えてくれてたんだよ。そんな自覚はないだろうけど。
僕は今、誰かが隣にいてくれないと苦しいんだよ。
誰かが傍にいてくれることが好きになってしまったんだよ。
静かな部屋は嫌いだ。
だからね、久しぶりに僕の部屋に来て欲しいんだよ。
化けて出てきてもいいから……。
君こそ傍にいて欲しかったのに……。
「通り雨」
友達の帰り道、途中で雨が降ってきた。天気予報に雨が降る、なんて書いてなかったから2人とも傘を持ってなくて、アーケードのある商店街で雨宿りをすることになったんだ。
どうせならと、2人で肉まんを買って食べた。
猫舌なあなたは頑張ってふうふうしながら食べてて可愛らしかった(と本人に伝えたら照れて照れ隠しに脛を蹴られた)。
雨音はもうしなくなっているけれど、貴方が食べるのに時間がかかるから、ずっと待ってたんだ。
客もまばらなシャッター通り。
2人っきりの幸せな時間の思い出だよ。
「窓から見える景色」
病室の窓。それは私にとって退屈で残酷な現実に与えられた唯一の光だ。
爽やかな晴れでも、心を潤しそうな雨でも、どんな天気でも、病室と違って毎日目に見えるものが違うそれは、毎日違う絵を飾る額縁のようなものだった。それはいつでも私の心を新鮮な色で埋めつくしてくれた。
時折、私は外の景色をキャンパスに、夢を見る。
ある日はお菓子の世界、ある日は人間が滅んだあとの世界、といったように、少し現実を妄想で塗り替えてやるのだ。私にとって病院というのは、変えようのない現実の象徴だったので、少しばかりの意趣返しだ。ふふん。
――あぁ、なら、君に絵を描くための道具をあげるよ。その夢を僕にも見させて欲しいな。君の考えていることは僕達も知る必要があるからね。
ある日突然、医者は私にそう言って、キャンパスと油絵のセットをくれた。
その日以来、私は暇つぶしに絵を描くようになった。
日に日に病室は、私の絵の鮮やかな色で染って行った。あぁ……夢みたいだ……。
――お前さんがあの道具をあげてから、あの娘はとても元気そうだな……。
――あぁ、医者としても、患者が心から健やかにいるのは、とても助かる。……どうした?そんな物憂げな顔をして。
――だって、あの娘の話聞いたか?窓から見える景色にちょっとばかりの妄想を混ぜて描いてるって。
――あの娘にとって太陽の光が毒だから、あの部屋に窓なんかないのにな。
雨の中、ひとりで傘もささずに虚ろな目で歩く。
この雨量と君の今まで流した涙の量、どちらが多いのだろうか。
今日、君は僕の目の前で飛び降りた。
理由はいじめに耐えられなかったから、ということになってるけど、ちがう。
僕が君から逃げたからだ。
君を救えなかったから。救おうともしなかったから。
ある日、僕は君に呼び出されて、ひと気のない郊外の高台の公園に呼び出された。
そこは様々な理由から生きづらさを抱えている僕らの逃避行先だ。ある日は僕が、ある日は君が泣いている方を慰める、そんな場所だった。
だからいつも通りそこに行ったんだ。そしたら君が「ねぇ、もう疲れちゃったから一緒に飛び降りようよ。」と僕に言ったんだ。
君がそんなことを言うのは初めてだったから、一瞬何を言われたのか理解できなかった。でもその日は「変なことを言っちゃってごめん、忘れていいよ」と言ってくれたから特に触れずに、そのままだべって帰ったのだった。
でも日に日に君の様子が段々とおかしくなっていって、ちょっと君のことが怖くなっちゃったんだ。前までの君は泣いて慰められて落ち着いてその日は終わり、だったのに、自分のことを傷つけたり、何を言っても落ち着かなくなってたりしていた。
次第に僕は高台の公園に行かなくなっていった。
行かなくなってから1ヶ月たった頃、ふと公園に行きたくなったので足を運んだ。
そして君がいた。
「ねぇ…なんで最近来なかったの…」
「君以外に頼れる人なんていないんだよ、私」
「怖かった」
「ねぇ…飛び降りよう?なんて聞いたから?」
「ダメなの!?生きる理由なんてないのに!!君だってそうじゃないの!?」
「君も…君も私が嫌いになっちゃったの!?」
「なんだ…私いなくても君はもう生きていけるのね。」
「……君だけが唯一の生きる理由だったのにな。」
「さようなら」
心中を提案来てきたあのころから、もう君の心は壊れてたんだろうな。でも僕はそれに気づけなかった。
君の未来が絶たれたのは全て僕の責任だ。
僕は君の呪いを抱えながら生きていくしかないのだ。
君からの返信がもう来ないことを理解しているのに、認めたくなんかなくて、未だにどうでもいい事ばかり言っている。
ねぇ……お願いだから何か言ってよ……
あまりにも君に構って欲しいからスタ連なんかもしちゃってさ、迷惑なのはわかってるんだよ。でも見てくれなくなった君も責任はあるんだからね……。
なーんて、全部八つ当たりだ。意味なんか全くない、ただの現実逃避だ。
……君の葬式から今日で1ヶ月経つんだってね、信じらんないよ。