『窓から見える景色』
窓枠で切り取られた、見慣れたグランドと青い空。
夏休み前の試験期間のせいで、いつもは騒がしいはずの敷地内はまるで眠っているような穏やかさだ。
「あれっ!林ー、まだ帰んないの?」
暑さでぼんやりとしていた耳に、よく響く声が聞こえる。
隣のクラスの町田である。
1年の時に仲良くなった友人の1人だ。
帰らないのではなく帰れないのだ。
ここは田舎にある高校で、自宅から自転車と電車を駆使して通学している僕にとっては、少なくともあと1時間後にしか来ない電車を待つしかない。
「帰れない。」
「あ、おまえ電車通か。」
町田は自転車で通っている。本当は電車で通ってもいい距離なのだが、運動部に所属している彼は体力をつけるためにそうしているらしい。
「じゃあ俺も待とうかな!」
僕の隣の席に町田がやってくる。
すっかり日焼けした腕が、白い半袖のワイシャツからのびていて軽快にスマートフォンを操作する指は骨ばっている。
勉強する気は無いんだなとそれとなく察した。
ふと外に目をやる。
何度ここから眺めただろう。
癖になってしまった。
放課後のグランド、飛ぶように駆ける君をいつも探している。
『カレンダー』
ひとつだけ書かれた予定。
今日は恋人との1年記念日であった。
昼過ぎに起きて、スマホを確認する。
”今日荷物取りに行くけどいい?”
今回こそ2人でお祝いをしようと思ってとった有休は、元恋人が完全に出ていく日になった。
まだ日が残っているカレンダーを破り捨てる。
未練はないんだと悟られないように。
『ずっと一緒にいれますように』
公園のベンチで、一人空を見上げる。
酔った体に肌寒くなった空気が心地いい。
”いつものところにむかえにきて〜”
数分前に送ったメッセージ。
満天の星空の中、恋人を待つ。
晴れてよかったなと思いながら。
しばらくすると、頬に温かさを感じる。
見上げれば、君と目が合った。
「あ、ただいま。」
「おかえり、これあげる。」
「ありがとう〜。」
「早かったね。」
「へへ、抜けてきた。」
「帰りたくなったの。」
君が笑う。
「違うよ〜空見てみ」
星が降る。一つ二つと落ちてくる。
君がわあっと声を上げる。
今日は流星群。
「お願いしたくて。」
「なんて?」
「うーん…叶ったら教えるよ。」
「え〜。」
教えろよ〜と言いながら君が笑う。
ポケットに入れている手を繋がれる。
僕の願いはこんな風に寄り添いながら……
『貝殻』
小さな貝殻、シーグラス、まあるい小石。
自分が濡れないように、打ち寄せた波で拾った宝物を洗う君。
「ね、見て!カニがいるよ!」
君は楽しそうな声とともに瞳を輝かせてこちらを見る。
「お!どこどこ?」
彼女の元へ向かいながら思い出す。
こんなことあったな。
無意識に別の人を重ねてしまった。
僕はまだ忘れられていない。
叶わなかった、「また来ような」の約束を。
『きらめき』
大きな窓から日が差し込む明るい部屋。
部屋の中は積み重なったダンボールが散乱している。
重い腰を上げてダンボールを開け始める。
ここは恋人との新居。
元々、よくお互いの家でお泊まりをしていた。
しかし、帰りたくないと感じる日が多くなってきて、ぽろっと口に出したことがあった。
「離れたくないなあ。」
「じゃあ、一緒に住む?」
「えっ?」
彼の言葉から同棲が始まることになった。
部屋探しから引越しの作業まで、とんとん拍子に事は進み、今日のこの状態に至る。
ふと自分の左手のきらめきに目をやる。
部屋に入ってくる日の光に照らされたシルバーの指輪がきらきらと輝いていた。
ガチャ。
「ただいまー。アイスカフェラテでいいんだよね。」
コンビニから帰ってきた彼がカップをテーブルに置きながらこっちを見る。
「ふっ、何ニヤニヤして〜。」
これからの未来に君がいることを実感した初夏の午後。
----------------
季節はほんのちょっとさかのぼりますが……