不条理
…この街は、変なルールがあった。
午前四時にオリーブオイルを塗ったグミを食べるな。
ガードレールの下を歩くな。
町外れの工場から出る煙を四分以上見るな。
いつもと変わらない通学路。
道にある掲示板や電柱には、決まっていつも変なルールが書いてある。
学校からのプリント。スーパーのチラシもそうだ。
いつからそうなのか、どうしてそうなのか、
誰も知らない。…いや、誰も気にしていないのだ。
ぼくだけを除いて。
通学には、ハッカクジラを使うべし。
標識を四回撫でるな。
紅茶の鳴き声を聞くな。
みんなそのバカげたルールを守っているらしい。
…ぼくには、クジラなんて見えないが。
馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。ここ最近、そのルールのせいでマジメに生きる気力も湧かない。
前の席のヤツは、やけにとんがったボウシを被っている。…お陰で黒板が見えない。
どの先生も、ルールを破ったヤツがいないかいつも必死だ。 父さんも母さんもそう。 警察も、テレビの知らない人間共だってみんな、みんなそうだ。
……ルールを破ったら、どうなるんだ?
醤油差しの魚を逃がすな。
四丁目のカーブミラーを見るな。
時計の針を四本に増やすな。
気づいているのはぼくだけなんだ。
そう。ぼく、だけ…………
早朝、午前五時。
オリーブオイルと、グミを…………
怖がり
怖い。 怖い。
暗いところ。迷子。知らない人。魚の小骨。
怖い、怖い、怖くって仕方がない。
……小学校に入学したばかりの頃だった。
階段の裏で泣きじゃくる私に、差し出された小さな手。
『あはは、キミは怖がりだなあ』
『…友達は?』
「…まだ、いない、の…」
『そっか… じゃあさ、ワタシと友達になってよ。
キミが怖がりを卒業できるまで、見ててあげる。』
…それから、あなたはいつもわたしの手を引いた。
発表会だって、お祭りだってそう。
給食の魚を食べる時も、あなたは骨を取ってくれた。
いつでも一緒に、私の一歩先で……
絶対に見捨てずにいてくれる。
絶対に助けてくれる。
絶対に手を引いてくれる。
まるで、わたしだけのヒーローだ!
『…キミさー、怖がり治んないし…ワタシがいないとダメなんじゃない?』
卒業式の日、あなたがそんなことを聞いた。冗談ぽく笑ってはいたけど、わたし…私は、こくりと頷く。
「…うん」
『…あははー、ほんと?
じゃあ、これからもずっと一緒に居てあげる』
そう差し出された手を、そっと握って繋いだ。
離れないように。見放されないように。
繋いでいた。はずだったのに。
中学に上がると、あなたには新しい友達がたくさん出来はじめた。 私には、あなたしかいなかったのに。
…そのうち私を、あなたは助けてくれなくなった。
恋人だの友達だの、いつも人間に囲まれている。
わたしの。
私だけのヒーローだったのに。
『何それ。 …ワタシいなくても生きなよ』
きっと話したら分かってくれると思った。
だからあなたを呼び出した、のに…揉めちゃって。
「でも、あなたが…ずっと一緒にって」
『それ小学生の時の話でしょ!?』
「で、でも…っ」
『…震えてるじゃん。いつもみたいにさ、ひとりで隅っこに蹲ってんのが似合ってるよ。 一生卒業できない、怖がりなんだから』
あなたはそう吐き、階段を降りようと踏み出した。
そう。卒業しなきゃいけないな。
怖い。
怖い、はずだったのに。
……血も。
階段の下で倒れているあなたも。
不思議と怖くなかった。
震えも治まっていた。
私は、昔みたいに…そっと、あなたの手を握る。
「…………ねぇ」
…返事はない。
「……わたし」
「……怖がり、卒業できたみたい……」
暗い場所も、迷子も、知らない人も、魚の小骨も、
もう怖くなくなっていた。
…あのときみたいに。
あなたが階段の裏から、私の手を引いて、外へと連れ出したみたいに。
次はわたしが連れていこうね。
わたしは階段の裏まで、あなたの手を引いて……
星が溢れる
きみの瞳が好きだった。
夢を語って、嬉しそうに瞬きするたびに…
まるで星が溢れるみたいに。きらきらと煌めいて。
安らかな瞳
ここには、私とあなた、二人しかいない。
大切な秘密基地。
わたしたちだけの寝床。
昔からあなたは、いつも大変そうで。忙しそうで。
……私はそんな幼馴染のために、小さな小屋を作った。
「…すごいなあ… これ、ほんとに僕達の…基地?」
「うん。 次から、ここで遊ぼーよ」
私がそう言うと、きらきらと目を輝かせて、あなたは頷いた。
「ここ、すごく落ち着くね…
…なんだか寝ちゃいそう」
「あはは! じゃあ、お泊まりでもする?」
秘密基地で泊まったり遊んだりしているうちに、あなたの笑顔が増えた。
見たことない顔がたくさん見れた。
色んなものを持ち寄って、まるで家のようになった。
穏やかな日常。
安らかな寝床。
嬉しそうな、あなた。
…ああ、私は、この瞬間が永遠に続けばいいのに!…と何度願ったことか。ほんとうに素敵な日々だった。
…いや、これが続くと信じきっていたのだ。
ある日。私は着慣れない服を着せられて、連れていかれた。
……葬式に。
基地をプレゼントして、丁度1年が経った頃だった。
ここには、あなたと私、二人しかいない。
大切な■■■■。
あなただけの寝床。
あなたは、秘密基地に寝泊まりした時と全く同じ、安らかな瞳をしている。
…そんな、気がした。
安らかな日常。
安らかな寝床。
安らかなあなた。
その寝床に火がついて燃えつきるのを、私は黙って見ていた。
ずっと、見つめていた。
帰り道。よくあなたと二人で通っていたあぜ道を、歩き続ける。服が汗で、肌に張り付く。それでも歩く。
道はいつもよりずっと、ずっと長く…永遠に感じる。
わたしは。
いてもたっても、いられなくなって。
人通りの少ない道に入った。秘密基地への通路。
…最後にあなたと遊んだ日のままだ。
出しっぱなしのトランプ。ボロい布団と、机。どこかの新聞。二人で描いた地図。非常食代わりの駄菓子。
私は、拾ったライターを握りしめる。
私とあなただけの、小さな世界だった。
私とあなただけの、
安らかな寝床。
安らかな寝床。
安らかな寝床。
火を、
ずっと隣に居ますよ。
ずっと隣で見てますよ。
たとえあなたが気が付かなくても、わたしのことを忘れても、それでもずっと…ずうっと。
ずっと隣についていますよ。
ずっと隣で囁いてあげますよ。
貴方は悪くありません。誰も悪くはありませんよ。なんてったって、あれは事故だったんですから!
……それに。 わたし、恨んでなんか…