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2/28/2023, 11:14:30 AM

かたん、ことん、かたん、ことん…

椅子に座って心地よい振動を受ける。
車だと気が抜けないから、やはり電車は楽ちんだ。乗り過ごしてもそれはそれで楽しめる。

今日の目的地は終点。乗車駅から中心部まで満員電車に揺られ、乗り換える。
ぎゅうぎゅう詰め電車から、人の波に体を預けて人気の無いホームへ向かった。電車は30分に一本。私以外にはくたびれたサラリーマンと大きな旅行かばんを持った女性、それから自販機が二つあった。
「あったか~い」と書かれたお茶のボタンを押すと、なぜか生ぬるいココアが出てきた。

10分程待って、アナウンスが流れた。
「まもなく…、黄色い点字ブロックまでおさがり下さい…」
すぐに赤色の電車が現れた。中は空いている。私は適当に席に座った。
ここから数時間乗りっぱなしなので、目的地で待つ友人に連絡を入れた。

《今乗った。
 着く前に連絡するね》

友人からは連絡は帰って来なかった。

友人は自分の少女時代を共に過ごした仲だ。
私の全てを知っている。恥ずかしいことも、苦しいことも、嬉しいことも-
ブラックジョークがジョークじゃなくなる前に気づいてあげれたなら。
年に比例するように病院にいる日が長くなっていった。無理して旦那さんとこどもとそれから私に手紙を書いていたね。手紙なら一生残るなんて、貴女らしい。
一緒に上京して、おやじさんが倒れたって何十年か前に故郷に戻って。そして今。
終点の駅の近くの墓におやじさんとおふくろさんと貴女が眠っている。むすめさんとお孫さんに貴女のブローチを返そうとしたら、泣きながら、笑いながら、穏やかな顔で断られたよ。
どうかな。今日はつけてみた。随分似合うようになったでしょう?

だから、どうかまだ待っていてね。
もうすぐそこに行くから。

2/17/2023, 9:39:55 AM

その小さな鼻を、その雲のような頬を、誰よりも愛してる。
だから君にこどものままで居てほしいって頼んだ。
その鼻が大きくなってほしくない。その頬が固くなってほしくない。
こんな身勝手な気持ちが君を傷つけるなんて分かっていたのに。

でも、幸せだろう。僕に愛されたまま死ねて。君のこと、この世界で一番愛してるんだもの。
僕のために死んでくれるだなんて、君は優しくて愚かな人なんだね。そういうところ、本当に心の底から嫌いだよ。
日に日に腐って、生前の輝きなんか1㎜だって感じられない。
目は濁り、皮膚は崩れ、異様な臭いがする君。
でも、そんなところが本当にいとおしいんだ。
僕が居なきゃ君はきっと今頃焼かれていたね。でも大丈夫だよ。
熱いのはいやだろうから、この先も焼くなんてしないから。
それで、いつかゾンビになって僕のことを噛めばいい。

だから今は、ゆっくりとおやすみ。

2/16/2023, 8:21:34 AM

大人になりたい。
大人になったら自分でいろんなことができるから。
でも、あの人は言ってた。気楽にすごせるから子どもの方がいいよ、って。
大人ってへんだ。
なんで好きなこと仕事にしないんだろう。そっちの方がぜったい楽しいのに!
でもおかあさんは、そのうち楽しくなくなるからやめておいたほうがいいかもね、って言う。

あーあ。早く来ないかな。自分からのお手紙。
みらいの郵便局から「もうすこしで来ます」っておでんわ来たのに、ぜんぜん来ないんだもん。
きっとお手紙ないのごまかしてるだけなんだ!
まったく。みんなうそつきなんだから。
あしたこそ来ますように。

朝おきたら「みらいこどもゆうびんきょく」って書かれたふうとうと、じぶんあてのお手紙がポストに入ってた!
待ちに待ったお手紙。さっそく中を見てみた。
そこにはきれいな字でたった一行書いてあった。
郵便局からのお手紙もじぶんからのお手紙も、書いてあることはわからなかったけれど、おへんじを書いてみよう。
たいせつにしているオレンジ色の便せんをとりだして「ありがとう」って書いてみた。
次の行は何を書こう。

「10年前の自分へ。
 今までありがとう。さよなら。」

「―さまへ
 
 まことにもうしわけありませんが、こちらのおくりぬしはげんざいこちらにいらっしゃいませ  ん。
 おへんじをいただいてもおわたしできませんので、おきをつけください。

                             みらいこどもゆうびんきょく」

2/15/2023, 8:39:06 AM

私さ、今年こそは絶対に生チョコ作ってやるんだ!
それで、あの子に渡すんだ。

彼女は目をきらきらさせて私に言った。
生チョコが大好きな彼女。ざくざくしたクランキーチョコが好きな私とはチョコレートの趣味だけはひとつも合わない。
料理が苦手で。でも味方になってあげたくなるような子で。
子どもみたいに二つの大きな目を向けたら、きっとあの子だってチョコレートを受け取ってくれるんだろう。
それで、渡す日はきっとたくさんおしゃれして、いままでで一番可愛くするんだ。
私は彼女のことをよく知っている。あんなショートカットの女なんかよりもずっと。
ねえ、なんであなたは私にしてくれないの。私の方がずっと一緒にいるのに!
分かっている。きっとあの子は私なんかに振り向かないってことは。
だから、私は私であの子のためにチョコレートを作るんだ。
友チョコなら受け取ってくれるから。
中身はもちろん、ざくざくナッツのクランキーチョコレート!

2/12/2023, 10:25:07 AM

前回のチョコの話のものです。

ピアスを開けた。両耳のみみたぶにひとつずつ。
絶対に着けたいのがあったけど、開けるのが怖くて先伸ばしにしてた。
でも、あの子が開けてるのを見てほんの少し怖さがやわらいだ。
スーパーとかでよく見る、お徳用チョコレートの袋に入ってるやつ。気になっていても、口に会わなかったらどうしようって買うの迷ってた。でも、あのときあのこが一粒くれて、それがあまりにも美味しくて。大げさなようだけど、本当に感じた。
でも、それよりもびっくりしたのはあの子が私のうしろをついて来ていたこと。
正直怖かった。かわいくて、髪も長くて、ゆらゆら揺れる髪とピアスが凄く素敵だったけど、どうしても怖い。
マンションまでつけられて、扉を開けた瞬間に無理やり入られたら?夜道で襲われたら?いくら華奢だと言っても、刃物を持っていたらどうにもできない。私は走った。ぺったんこな靴でよかったってつくづく思った。
マンションの入り口を通り、安全なところからうしろを確認してみると、彼女はもういなかった。怖かったけどあの子のことが気になった。はじめて見たときかわいい子だと思ったし、中身はおもしろい子だし。だから今度会ったときは言ってやるんだ。やめてほしいことと、来るなら正々堂々と正面から来なさいってこと。それから、あのチョコおいしかったよって。

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