ある日、棺の中で目を覚ました。
幸いなことにまだ埋められていなかったので、棺は簡単に開いた。長く眠っていたせいか腰が痛い。
痛む腰や背中をおさえ、立ち上がった。
空は月が輝き、一面に海が広がっている。見渡す限り他の島はない。
海辺には、つたない文字でSOSと書かれてあった。
誰かいないかと私は探すことにした。
少し歩くと、案外近いところに小屋があった。なぜだか私はとてもわくわくしていた。
何か面白いものがあるのではないかと思って。
そっと扉を開けると、錆び付いた金属の音がした。なかには腐食した女性がベッドに横たわっていた。顔も分からなかったけど、私は女性に釘付けだった。
ベッドの横のテーブルに、茶封筒がおいてあった。
おかしい。私の名前だ。私は封筒を開け、中身を見た。なかには手紙が入っていた。
どうか今は安らかに眠って。
たった一文だけだった。
この人を私が寝ていた棺にいれることにした。
女性を入れ、小屋で工具を見つけたのでもうひとつ棺をつくることにした。
-ある日、まん丸な形の綺麗な惑星が見つかったとニュースで報道された。
惑星は小さいが、水も空気もある。とっても狭い島が唯一の陸地らしい。
その後のキャスターの言葉は、耳を疑うものだった。
島には小屋がひとつと棺と思われるものが二つあり、片方は開いていると。
その中には女性の腐敗した遺体が二つあると。
貴女の顔が割れた。目の破片や口が床に散った。
頭はみつあみをした髪だけがのっかっていた。
勝手に動くからそうなるんだよ。
そう言っても何もかえってこなくて、真っ暗な石畳の部屋に響くだけだった。
今月何回目。何度も何度も顔を作るのはめんどくさい。
不純物が一切入っていないガラスに、大きな宝石。
材料を集めるだけでお金と労力がすごくかかるし、わざわざ麓までおりて、職人さんに頼まなければいけない。
何十年前に死んだ貴女のためだけに、こんなドールまで作って。
ほんと、なにしてんだろ。
ねえ、憧れの先生だった貴女に背が追い付いたよ。
毎日牛乳飲んでだから当然だよね!
私が困ってる時は一番に手をとってくれたけど、死んだらそれも出来ない。
一体どういうつもり。私達の絆は全部嘘だったの?
逃げるなんてずるいよ。私も連れていってほしかったのに。
ねえ、この服はどう?女の子っぽくてかわいいよ!
ふりふりした揺れるスカート、春色のリボンがついたシャツ。
身長が高くて、真っ黒な服を着ている私。全く真逆な存在が、目の前に現れる。
男みたいな私を見かねて、貴女は洋服を選んであげると言った。
おひめさまみたいな、きらきらした服は私に似合わない。ああいうのは目の前の貴女みたいなこがよく似合うね。
貴女の事が、喉から手が出るほど羨ましいよ。私もかわいく生まれたかった。
好きなものを好きなように着れていいな。
あのあと、服はとりあえず保留にして他のお店へ移動することにした。
次のお店までの数メートル。たまたま目に入った着物屋さん。
ショーウィンドウのお着物と帯を見て、これなら着てみたいかもって思った。
店内に入ると、姿勢のいいおばあさまが出迎えてくれた。
お着物をみてると、こないだ入ったから着てみてほしいって言ってくれた。
着付けがわからないと言うと、やってあげると言ってくれた。
桜色の直線的な布をまとい、帯留めを見てた貴女に見せた。
すっごい綺麗!
そう言ってくれて安心した。
とっても気に入って、すぐ買っちゃった。
着たまままわりなよって貴女が言った。カレー食べに行く予定も無いからそうした。
ぴしって背筋が伸びて、自信が出た。
だから、たまにはふりふりした服も着ようかなって貴女に言うと、嬉しそうな顔。
ああ、買ってよかった。
あかりをつけましょぼんぼりに…
声の方を見れば、そこには保育園があった。
柵の外からでも見える大きなひな人形。シートを引いてその上に座り、ひなあられやひしもちを食べる園児たち。
まさきちゃん、はしっちゃだめなんだよー!
男の子なのにちゃん付けなのかと思ったが、この国でそんな思想は許されない。
ジェンダーレスを訴えるものの思いが、目線となって突き刺さるから。いつの間にか法が加わり、男女という漢字が消された。
自由を求めるあまり、昔よりもずっとずっと不自由になってしまった。男女の心の性が逆転してしまった。
いつかこのスカートを脱げたなら。
自分の骨が目立つ手でまとわりつく布を撫でてそう思った。
一生いっしょだよ!
そんなこと言ったあんたは、本当に馬鹿だよ。
あんたの目がまだ黒かった時は、私のこと愛してくれていたのに。
私もあんたも女が恋愛対象で、互いに一番タイプなやつだった。でも、あんたはすぐに他の男に鞍替えした。やっぱそっちだったんだ。
私を一番傷つけて、未だに離れさせてくれないあんた。
こないだのランチで知らされた、「こどもができた」ってこと。
ぜんぶぜんぶ無かったことにしてよ。悪い夢で、あんたのことも忘れさせて。
それで、こどもを連れたかわいいあんたに、また恋をしたい。