祈ることって誰にもあることで、何かをくださいとか、何かがいらないとか。もちろん、自分にはどうにもできない状況で、身近な人の幸運を願う祈りはとても尊い。
これには、モノなり状況なりを「頂戴」とお願いする祈りもあるけれど、さらには「〇〇するから頂戴」という形もあって、こちらは交換条件型。まずは酒肉を禁じる、趣味を止める、みたいな「止める」パターンがある。けれど、神仏にとっては、ヒトが好きなものを止めても交換条件になんかなるはずがない。もしくは、どこかにご寄付をするからとか、1日に1回人助けをするから、のような「行動する」パターンもあって、特に後者は願賭け行になるんだけど、そもそも神仏と交渉しよう、それに賭けようとかいう発想が不遜で烏滸がましい。むしろ単純にお願いして縋った方が、神仏の尊厳には相応しいんじゃないかとも思うくらい。
もちろん、祈りから派生して自分の想念や言動を律するための行動もあって、これは勤行とか座禅とかコンテンプレーションとか念仏とかマインドフルネスとか。こうなると願かけではなく修行になるけど、これでも果報や覚醒、日常生活の効率化なんかを賭けてる人もいる。
よく考えれば、自分の願いが叶えば他の存在が損をするのかもしれないし、単純に他にも同じ願いで競合している人がいるなら、どっちも叶えるわけにはいかないはず。
むしろ全知全能の神仏がいるならば、自分みたいな人類の末端のヤツが今さら何をしようが、必要なことがあればなさるだろう、とも思うし、ならば神仏の道か人の道か、むしろ法というか摂理なのかは知らんけど、踏み外さずに正しい言動に委ねといて、ときどき困りきってお願いもする、っていうあたりが、人の身の丈にあった祈りなんじゃないかな、というか自分にはそれしかできないっす...
よく知らないけど、自分たちがいま見たり考えたりしていることよりも、脳 (とか脳を主体とした神経とかさらにプラスα?)で行われている処理ってずっと膨大。そこから、「これはリスクが高い」とか「これは面白い・悲しい」とか「最近これを問題視していた」とかいう内容が、優先して選択されて意識に上げられきてるんだと思う。
つまり、旅行に行って、現地の膨大な情報の中から、自分に必要なもの、興味がありそうなものをLINEで送ってきてくれる友人みたいな。
さらに面白いのが、眠っていたり、眠くなってきただけでも、おかしな視覚映像や思考が生成されることで、現実には起こり得ない展開、時系列もない、論理に合っていないような情報が意識にあげられてくる。しかも、これはたいがい記憶に残らず忘れられてしまう。
すると、脳から送られてくる情報のなかから、現実にそぐわないものを却下して削除している、さらに眠くなると機能しなくなっちゃうような、メールを管理して消去している親みたいなのもいることになる。
ってことは、膨大な情報処理をしている、さらにそこから重要そうなものを生成してくれる、さらにはその生成物の中から現実規制に併せて却下・消去している、少なくとも3段階くらいの機能があって、実際にはこの脳も、友人も、親も、自分が感知しないところで、各自が判断基準をもって働いている。
さらには、これは自分でも、「仕事中だからこんなことやってちゃダメだ」とか、自分の意識に対してメタ的になる自分もいるし。
すると、そのどれが自分ってもので、むしろどれが「自分じゃない」のかとか考えると、迷路どころじゃなくて不思議。
ときどき真っ白でエレガントな陶器を見かけませんか。
あれは「ボーンチャイナ」という高級なカテゴリーの陶器で、一流メーカーの製品にも多いんだけど、量販店の日用品でも見かける。
なるほどホネのように真っ白ってことなんだな、と思っていたんだけど、実は本当に骨を使っていると知ったのが20代前半。
だいたいどこの誰の骨なんだよ、というかそれが分からないのもイヤだけど、分かればもっと嫌だし、そもそもそれ以前に食器に骨を混ぜ込むなんて、これはイギリス人の発想なんだけどとても信じられなくて、それからは買わなくなってしまいました。
不思議なことで、屍体の一部は食事で毎回のように口にしてるんですよ。食品、特に加工食品になってしまうとネガティブなイメージは失われていて、スルメやビーフジャーキーなんか、片手で持って齧りながらネットなんか見ている。死のイメージがどこまで残っていて、どこからなくなるのかが分からない。
しかも、知らなければ何とも思わないし、もちろん実害もないのに、一旦意識されてしまうともう忌避されてしまうし、そのイメージはそのままずっと残って、理不尽にどんどん闇を増して、実体そのものも侵食していく。もうボーンチャイナは使えない、みたいに。
「2001年宇宙の旅」で描かれていたように、殺意というものを意識した原始人が最初に手にした武器は、動物の大腿骨だったに違いない。
ゼルダのOWの名作とされているブレワイに、コログっていうちっこい妖精みたいなのが、うじゃうじゃ出てくるの知ってます?
あちこちに隠れていて、いかにもいそうな場所とか、ちょっとした謎解きが必要な場所にたいがいいる。その人数は900なんだとか。このコログを見つけると、ポンっという効果音とともに飛び出してきて、コログのミとかいう、必要だけど嬉しいんだか嬉しくないんだか微妙なモノをくれる。
このコログ、お城の塔の旗の先とか、海の無人の小島とか、雪山の頂上とかにも必ずというか絶対にいるんだけど、見つかったらコログの森に帰るわけではなくて、同じ場所にいつまでもずっと、絶対に誰もこないようなところにいるんですよね。
再び通りがかったリンクも、そのまま素通りしたりして...
あのまま永久にあの場所にいるのかと思うと、さすがにあれでは寂しすぎるし辛すぎる。
透明な羽といえば虫たちですよね。
蝶や蛾は別ですが、たいがいの昆虫は羽が透明で、そこには細かく幾何学的な翅脈が入ってる。虫によっては先端にストライプとか、丸い模様があるのもいる。
さらに甲虫の翅なんかは畳めたりして、そのあたりのギミック感も、新旧の小学生男子にはたまらない。