2025年の英国推理作家協会賞・ダガー賞を受賞した王谷晶さんの『ババガヤの夜』(河出文庫748円:電子版あり)なんだけど、ここで酷い告白が読めます。
たぶん今後もう目にすることがないような、表現も内容も最低な告白なんですが、本作のヒーロー(?)のヤクザの若頭代理が発する侮辱的で暴力的な言葉なのだけど、ヤクザの幹部なら女には困ってないはずだし、しっかり読めばプロポーズになってる。そう考えるとああいう表現にならざるを得ない哀愁もあって、あれは優れた場面。
(追加: 推理作家協会賞なんだけど、推理小説ではありません。本来、同協会はThe Crime Writers’ Associationですよってに。本格推理小説を期待されたら困りますけど、でも読んだらたまげると思います。)
古事記などの神話では、始まりは伊弉諾・伊奘冉の二柱による国造り神話みたいな印象になってるけど、そもそも天地開闢のときに高天原に登場しているのは造化三神で、それは天之御中主神から高御産巣日神そして神産巣日神。
そこで高御産巣日神、神産巣日神についてはその後の記載があるんだけど、筆頭の天之御中主神についてはなぜか記載がないらしい。
御中主なんだけど他にも記録がないらしくて、これと同じように伊弉諾神・伊奘冉神の子供も、天照大神、月詠神、素戔嗚神の三柱だけど、天照神や素戔嗚神にはさまざまな言行が残されているのに、月詠神にはほとんど記載がない。
このあたり、最も重要なステップでは三柱が基本セットで、うち一柱は立場のみあって機能しない、地位あるいは場所はあるが実体もはたらきもない、相対化のための中心が空というのがこの頃の神話の構造なんじゃないかと言ってたのが梅原猛。
つまり中心は静寂。
ゼロの概念とか、中国の皇帝は存在そのものの徳で統治するとか、バンドでもなぜか1人よく分からないメンバーがいると売れるとか、たぶん機能として貢献しない要素が実は一番重要なんだなとか、いろいろ思い浮かぶなと思ってた。
晩秋から冬にかけて駿河に入ったヤマトタケルが、その地の国造に狩に誘われて、枯野に入ったところで火をかけられたという話があって、この時に雨叢雲の剣で周囲の草を薙ぎ払って延焼を防いだらしい。
この場所が焼津だという話なんだけど、旧清水市の草薙だとする伝承もあって、ここには4世紀建立で同尊を祭神とする草薙神社もある。
どっちなんだいっ (歯)
遅くなりましたが、ムーンライトといえば「ながら」。
もうタイミングを逃しているので、よく分からない方は検索してくださいませ。
今日だけ許して、
新しくできたラーメン屋さんがイメージと違って、そのまま追い天一。