古事記などの神話では、始まりは伊弉諾・伊奘冉の二柱による国造り神話みたいな印象になってるけど、そもそも天地開闢のときに高天原に登場しているのは造化三神で、それは天之御中主神から高御産巣日神そして神産巣日神。
そこで高御産巣日神、神産巣日神についてはその後の記載があるんだけど、筆頭の天之御中主神についてはなぜか記載がないらしい。
御中主なんだけど他にも記録がないらしくて、これと同じように伊弉諾神・伊奘冉神の子供も、天照大神、月詠神、素戔嗚神の三柱だけど、天照神や素戔嗚神にはさまざまな言行が残されているのに、月詠神にはほとんど記載がない。
このあたり、最も重要なステップでは三柱が基本セットで、うち一柱は立場のみあって機能しない、地位あるいは場所はあるが実体もはたらきもない、相対化のための中心が空というのがこの頃の神話の構造なんじゃないかと言ってたのが梅原猛。
つまり中心は静寂。
ゼロの概念とか、中国の皇帝は存在そのものの徳で統治するとか、バンドでもなぜか1人よく分からないメンバーがいると売れるとか、たぶん機能として貢献しない要素が実は一番重要なんだなとか、いろいろ思い浮かぶなと思ってた。
10/7/2025, 10:22:35 PM