もしも世界が終わるなら。
何もせずに、ただ、終わりゆくこの星を見つめていたい。
数えきれないほどの生命を育んできたこの星。
その生命を大切に守り続けてきたが、いつしか綻びが生じてしまっていた。
身勝手すぎる生命。不条理すぎる生命。
世界は、誰の手に治められるものでもない。
ただ、人はそれが出来ると錯覚して、あらゆる兵器を作り出した。
綻びが生じる。世界が終わる。
だから、その時は何もせずに、大切な人達と一緒に終わりゆくこの星を見つめていたい。
自業自得だとは思わない。
人はこうして生きることを選んだのだから。
ただ、その時が来たら、何か他に道は無かったのかと悔やむだろう。
この、大切な人達とともに、もう少しこの場所で生きることは出来なかったのかと。
綻びの生じない生き方。
この星に受け入れられる生き方。
私達には、それを選択する権利があった。
もしも世界が終わるなら。
何もせずに、大切な人達と一緒に終わりゆくこの星を見つめながら、涙を流すだろう。
流した涙は潮流となり、この世界で同じ想いの涙を流す人達にきっと届く。
動画はSNSで拡散され、たくさんの人々の祈りがそこに集結する。
だけど、この星の運命は変わらない。
世界の終わりの饗宴。
この星のために涙を流した人達の、最後のバズリとなる。
「お腹空いたね」
「夕飯、どうしようか」
「お腹空いたままで最後を迎えたくはないね」
「じゃあ、ガストにでも行ってお腹いっぱい食べようか」
「ガスト、やってるかな?」
「そっか。皆、自分の大切な人達と過ごしてるよな、今頃」
「やっぱり、家にあるもので最後の晩餐にしようよ」
「そうだね。お腹がいっぱいになれば同じだよね」
最後まで幸せだったと。
そう言い合える人とこの場所にいられたことを、何よりも嬉しく思う。
もう、一時間も歩き続けてる。
目的地の神社が見つからない。
この山道を登ればすぐだって聞いたんだけど…辺りは緑の木々に囲まれ、建物らしきものは何ひとつ見当たらない。
どこで間違えたんだろう?
いい加減独り身が辛くなり、かと言って出会いの少ない昨今、もうなりふり構わず神頼みすることに決め、縁結びで評判のイイ神社をネットで検索した。
思いのほか自宅から近い場所にこの神社があることを知り、出会いのご利益を求めて山道に踏み込んだわけだが、パートナーどころか神社そのものに出会うことが出来ない。
こりゃもう辿り着けないのかなと諦めかけた頃、山道の傍らに一人の老人が腰を下ろしているのが見えた。
よし、あの人に聞いてみよう。
それで分からなかったら諦めよう。
「あのーすみません。ご休憩ですか?」
「見りゃ分かるじゃろ。働いてるように見えるか?」
「あ…いえ、道を尋ねたいのですが…」
「どこへ行きたいんじゃ?こんな山の中で」
「この辺りに、縁結びにご利益がある神社があると聞いたのですが…どーにも辿り着けなくて」
「ほう…縁結びか。イイ相手を見つけたいと?」
「そうですね。もう、一人の生活は寂しくて」
「それじゃあ、まずはその靴紐を何とかするんじゃな」
「…靴紐?」
「ほれ、靴紐が解けておる。そんなんじゃダメだ。縁は結ばれん」
「靴紐が…良縁と何か関係があるんですか?」
「あるに決まっとるじゃろ。縁というのも、言うなれば紐なんじゃ。運命の相手としっかりと結ばれるためのな。それが解けておったら、良縁なんかに恵まれるわけがない」
「いやでも、靴の紐は縁の紐とは関係が…」
「なんでないと言い切れる?その足で相手のもとへ歩いてゆくんじゃろ?紐が緩んでおったら、上手く歩けんじゃろが。相手のもとへ辿り着けん」
「もしかして…そのせいで私は神社に辿り着けないのですか?」
「ん…まあそれは、一概にそのせいとも言えんが…とにかく、縁を結びたいならまずは靴紐を結ぶことじゃ」
「…分かりました。靴紐を結び直して、もう一度神社を探してみます」
「どうしても神社へ行きたいのか?極意は教えてやったのに」
「靴紐は結び直しますが、それだけで上手くいくとは思えないんですよね。やっぱり、神社で拝まないと」
「…そうか、分かった。なら、もう少し待て。神社ってのは神様のいる場所じゃからな。そこから神様がいなくなったら、消滅してしまうんじゃよ。今はまさに、消滅している時間じゃ」
「神様が…いない?それは何故です?」
「ここで一服してるからじゃよ。ずっとあそこで、皆の願いを聞き入れるのも疲れるのじゃ」
「…ん?あなたは…?」
「大国主神。縁結びの神様じゃ。ワシに任せておけ」
「マジっすか?もう、大船に乗った気持ちでいいってことですね?」
「ワシの力を見くびるな。まずは神社に戻るから、しばらく歩いたら来い。今度はちゃんと見つかるはずじゃ」
果たして、神社はあった。
先ほど何度も通り過ぎた場所。
木々が生い茂る行き止まりだったはずのところに、見るからに立派な神社が建っている。
さすが大国主神。
おかげさまで、この先イイ出会いが待ってる気がしてならない。
靴紐も結び直した。
さて、自分は今、誰かと繋がったのだろうか。
この大船が、あっけなく沈んでしまわぬことを祈る。
生きる意味とか、幸せの定義とか、考えたって分かりそうにないことを考える。
生きている間に、考えてしまうようなスキマ時間がたくさんあるから。
命の綱渡りを強いられるような人生じゃないし、失ったものとそう変わらない分量のものを手に入れて、五分五分で生きられているような気もしてる。
心の中で失ったものだって、大人になるにつれて交渉が上手くなって、物足りなさはかなり減らせてるんじゃないだろうか。
自分との交渉。折り合いをつける、という。
だから自分は幸せか?というと、それはまたいろんな側面があって、一概にどっちと決められるもんじゃない。
スキマ時間で考え得るのは所詮この程度だ。
いや、一生をかけて考えたとて、そう変わらないのかもしれないが。
だから答えは、まだ心の奥深く。
生きる意味も、幸せの定義も、自分の中にあることだけは分かってる。
ただそれを明確化して、頭で整理するのが難しいだけ。
案外、この曖昧な状況が幸せの種なのかもしれないな。
答えを出したところで、心がそれに素直に従うとは思えない。
葛藤して、試行錯誤して、こんなもんでいいんだと思いながら生きてくことに意味があるのかも。
だから答えは、まだ知らないままでいい。
英単語の意味を考えるよりも早く、あの歌の記憶が蘇ってくる。
改めてちゃんと調べてみたら、「感傷旅行」。
なるほど確かに、センチメンタルなジャーニーか。
失恋とか、試験に落ちたとか、そんな時に一人旅とかしたら、まさにセンチメンタル・ジャーニーか。
あのメロディからは想像も出来ない言葉だな。
知らない人もたくさんいるのかな。
ヒロミの奥さんが16歳の頃だもんな。
自分はもっと若かった。
アイドルの彼女達に憧れながら、ブラウン管テレビの前で家族団欒の時間を過ごしてた。
スマホやタブレットなんか無くて、XやYouTubeも無くて、サブスクやプレステなんかも無かった時代。
だからこそ、家族が同じ場所で同じ娯楽を楽しんでいた。
家族が、もっと近くにいた…ような気がする。
いろんなことを話せたような気がする。
一緒にいる時間が長かったから。
あの頃は…イイ時代だったんじゃないだろうか。
アイドル全盛期。
昭和の温かさがそこにあった。
そんな、過去への感傷旅行。
Ryuはもう、55だから。
何かに誘われて
あなたに攫われて
センチメンタル・ジャーニー
君と見上げる月は青く…🌚、いつも不安を感じさせた。
満月の夜には青い真ん丸。
青ざめたニコちゃんマークのような月。
何か不吉な、良からぬことが起きそうな雰囲気のブルームーン。
陰と陽。
陽の光を浴びている時間には起きぬことが、青い満月のもとでは当たり前になる。
君は妖艶な女性へと変化を遂げ、知り尽くした瞳で僕を誘う。
夜空を逃げ惑う流れ星のように、未明の空に尾を引いて、人知れず深い海の底に落ちた。
ポチャン。
軽い水音。
青いニコちゃんマークはその名の通り笑っている。
沈み、浮かび、溶けて、削られ、いつしか君と見上げる月は…🌙、黄色い三日月へと変貌した。
手の届く天体ショー。
不気味なブルームーンから、和やかなイエロームーンへ。
塗り潰されてゆく、ニコちゃんマーク。
君はどっちが好き?
問いかける僕に、無邪気な笑顔で君は答える。
「あなたと見る月が好き」
僕の顔は赤く染まり、真ん丸のレッドムーンとなる。
まるで停止信号のように、青から黄色へ、そして赤へ。
不吉な夜は終わりを告げて、情熱的なものへと姿を変えた。