猛獣が吠える。
この契約が取れなかった穴埋めはどうする気だ?と。
知らん。誠心誠意の交渉を断った相手に聞いてくれ。
声にならない思い。
声に出しちゃならない思い。
ガオーガオーと吠える獣は、吠えるだけの権力を手に入れている。
エレベーターホールで、同僚から飲みに誘われる。
溜まった憂さを晴らすべく、景気よくパァーっと行かないかと、昭和のような誘い方で。
どうせまた、お前の業績自慢をされるんだろ。
そしてその後は、こーゆーとこ直すべきだの説教三昧。
美味い酒なんて飲めるわけがない。
俺は帰るよ。
俺にとってのオアシスが待っているから。
お前と飲む酒じゃ、猛獣に襲われた俺の心は癒せないんだ。
他愛のない、いつもの光景。ただ、そこにあるもの。
我が家という名のオアシス。
猛獣の雄叫びも、自信家の説教も忘れて、新しいアニメの配信で盛り上がる。
オアシス、なんて平和的な名前を付けて、喧嘩ばっかりしてる兄弟バンドもいたっけな。
彼らの歌は、ファンの心にオアシスをもたらしてくれたけど、そんなにいがみ合っちゃ名曲まで薄汚れてしまう。
言い争っても、心のどこかでつながっていて欲しい。
世界にたった一人の、兄弟、家族なんだから。
それは、誰にとってもオアシスであって欲しい。
涙の後は、笑顔に返ろう。
少し時間がかかってもいい。
表情筋を働かせて、無理矢理でもいい。
あとから心もついてくる。
君の心は、君がコントロールするんだ。
涙の跡は、必ず乾いて消えるから。
優しい涙も悲しい涙も、きっと誰かの心を曇らせてしまうから、ひとしきり泣いた後は笑顔を取り戻そう。
歪な笑顔だって、脳が「笑ってる」と認識すればこっちのもんだ。
自分は楽しいんだと誤認識してくれる。
そして、誤認識はいつしか本心に変わり、自分による自分のためのマインドコントロールが完了する。
涙の跡が残っていてもいいよ。
それは君が頑張った証。
気付いてくれる人だってきっといる。
無理に拭き取ったり、メイクで隠そうとせずに、自然に乾くのを待って、あとは顔を洗って前を向こう。
その頃には、新しい陽が昇る。
やり直せる一日が始まる。
半袖を腕まくりして、二の腕全開。
そこに、一匹のカエルのタトゥー。
「なんで…カエル?」
可愛いイラストの感じのカエル。
タトゥーとして入れるには似つかわしくない。
「別にいいだろ。若気の至りだよ」
「どんな若気だよ。カエルが好きなの?」
「そりゃ嫌いじゃないけど…このカエルは特別」
黄色くて、目がデカくて可愛い。
ニッコリ笑っている。
「特別なんだ。名前とか、あるの?」
「名前は…ピョン吉」
「…ん?なんか聞いたことあるな」
「昭和の頃のアニメに出てきたカエルだよ。Tシャツにプリントされてて…生きてた」
「生きてた?プリントされてて?」
「まあ、実際には、主人公のヒロシがつまずいて転んで、そこにいたピョン吉が潰されてペチャンコのまま、Tシャツに貼り付いてしまうんだ。それから、平面ガエルとしてヒロシのTシャツで生きることになる」
「なんだそりゃ。昭和ってハチャメチャだな」
「サブスクで見たんだよ、何の気なしに。そしたら、ハマっちゃって」
「…なんで?そんなに面白いの?」
「面白いし、ピョン吉が好きで。それで、このタトゥーを彫った。Tシャツは脱がなきゃいけないけど、これならずっと一緒にいられるから」
「嘘だろ。突っ走りにもほどがある」
「まさに、突っ走るんだよな、こいつ。何しろ『ど根性ガエル』だから」
「…どーゆーこと?」
「いや、だから…」
言葉の途中で、彼は走り出した。
もの凄い勢いで、駅前のたこ焼き屋台に向かって。
こいつ、そんなに腹減ってんのか?とも思ったけど、彼の二の腕の一部分が少し、盛り上がっているように感じたのは…気のせいだろうか?
もしも過去へと行けるなら、2001年9月11日以前とか、2011年3月11日以前に戻りたい、という人は多いんだろうな。
もう会えない人に会えるから。
こんなことになるとは思ってもいなかった人達に。
私は…過去を楽しむのは、写真やビデオだけでいいと思ってる。
戻りたいとは思わない。
若くて恋をしていた頃はイイ時代だったけど、きっとその頃にはその頃の悩みがあった。
年相応の悩みだ。
今だったらきっと、即座に解決できるようなものかもしれない。
でも当時は、未熟であるが故に八方塞がりの状態で苦しんでいた。
あの苦しみをもう一度味わいたいとは思わないし、かと言って、簡単に打破できる今の知識をもってスルーしたいとも思わない。
あれはあの頃の私にとって、必要な試練だったんだと思う。
だから、今がある。
まあ、あの頃の友達に会ってみたい気持ちはあるかな。
もう、会わなくなってしまった友達。
今頃どこでどうしてるんだろ。
当然、私と同じようにおっさん、おばさんだ。
あの頃に戻るのではなく、今の彼らに会ってあの頃の話をしたいとは思う。
そうすることで、きっと私は過去に思いを馳せることが出来るだろう。
それだけで十分。
…まあ、その願いもなかなかに叶わないわけだが。
True Love…真実の愛。
愛なんて、よく分からないもの。
いろんな形があるし。
何が真実で、何が偽りなのか。
例えば、「美女と野獣」はラスト、美女とイケメンでめでたし、めでたし。
ベルが愛したのは、その見た目も含めた野獣だったんじゃないのか?
愛した人の姿が変わってしまって、さぞ悲嘆に暮れているのでは?
決してめでたしなんかじゃない。
ストーカーは、真実の愛じゃない?
ストーカーされてる側が相手に惚れたとしたら、これほど熱愛のカップルはそういないんじゃないだろうか。
一方的だが、真実の愛には違いないのでは?
反論もあろうかと思うが、歪んでいてもその想いは本物だろう。
そもそも、ストーカーと推しピは何が違う?
相手側の思惑の違いだけだったりしないのか。
結婚歴も20年を超えたが、熱情に浮かされたりしたこともあった。
自分が、恋愛映画の主人公と勘違いした時もあっただろう。
まあ、それを恥じるつもりもないが、今思えば、若気の至り。
ようやってたな、って感じ。
これぞ真実の愛、なんて思い込み激しい時もあったかな。
今では、そこにいて当たり前の存在。
空気のようなもんだ。
だけどまあ、世界で一番大切な人達であることは確かだな、今でも。
これこそが、True Loveの形、と言えるだろうか。
きっとこの想いは、死が分かつまで変わらない。
いや、分かたれた後も消えることはないだろう。
恋心なんかじゃなくて…真実の愛情ってやつだ。
それは、相手の欠点や相容れない部分もすべて受け入れた上で、まあいっか、と思える感情なんだと思う。
恋愛映画のような盛り上がりなんか無くて、淡々とした時間をともに過ごせること。
これがあれば、生きていける。