スペインの、とある学校の卒業式にて。
「パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンディシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソくん、卒業おめでとう!」
君の名前を呼んだ日。…フルネームで。
担任として、最後の務めを果たした。
君が後に有名な画家となることは、まだ誰も知らない。
単調なリズム 音階のないメロディ
空より放たれて 地上で弾かれるノイズ
打ちひしがれた心に やさしく手を差しのべるような
昼下がりの雨音を聴いている 誰にも会いたくなくて
単調なドラム 秩序のないメドレー
空より落ちてくる 水滴の音符が奏でる
やさしい雨音 ひとりぼっちの休日
単調なリズムで 時だけが過ぎてゆく
かなしい雨音 音階のないメロディ
エンドロールが 僕の楽譜を映し出す
雨音はマイナーコード
やさしい旋律でノスタルジックメロディ
君が好きだった歌を あの頃と同じように
心に響く ノスタルジックメロディ
単調なリズム 音階のないメロディ
空より放たれて 地上で弾かれるノイズ
やさしい雨音 ひとりぼっちの休日
単調なリズムで 時だけが過ぎてゆく
かなしい雨音 音階のないメロディ
エンドロールが 僕の楽譜を映し出す
ああ、この歌、あの人が好きだった歌だ。
懐かしいな。
確か、MDでよく聴いてた。
もう、聴くためのコンポも無いから、何年も聴いてなかった歌。
サブスクで聴けるようになるとは。
あの頃を思い出す。
「歌は世につれ世は歌につれ」
どの時代にも、好きな歌があった。
幸せな気持ちで聴いた歌、悲しい気持ちで聴いた歌。
今聴き返してみても、あの頃の感情が蘇るように、心揺さぶられるメロディがたくさんある。
カセットテープから始まり、CDからMD、そしてダウンロードやストリーミング。
音楽の形は変わってゆく。
音楽そのものの形も、今や、昭和にはあり得なかったような歌が、時折耳に入ってくる。
メロディが把握しづらいような歌。
構成が難解すぎる歌。
思うに、歌のレパートリーが枯渇し始めてるんじゃないだろうか。
世界にあふれる歌は数限りない。
どうしたって、どこかで似たようなフレーズが出来上がってしまう。
そして、パクリだと騒がれる。
それを避けるためには、今までにない、斬新奇抜な歌が生まれ来るのも仕方のないことなのかな、なんて思う。
音楽理論なんて分からないけど、イイ歌はイイ。
それだけで、音楽がある世界に生まれて良かったと思える。
80年代洋楽、今聴いても味がある。
90年代邦楽、青春らしきものが蘇る。
どの時代にも歌があった。
そして、あの人が好きだった歌に、こうして再会する日が訪れる。
元気でやってるかな。
この歌、今も聴いてるかな。
あの頃を、思い出しながら。
大丈夫だよ。
世の中はそんなに悪くない。
いや、そりゃ悪い人もいるけどさ、それを正そうとする人もたくさんいるんだ。
…うん、まあ、目を背けて我関せずの人が一番多いかな。
でも、それだって、平穏に生きるためには必要なことかもしれないよ。
君子危うきに近寄らずって言うじゃない。
君が外に出るのを不安に感じるのは仕方のないことだよ。
そうだね、メディアではいろんなニュースが流れてるからね。
自分がその被害者にならないとは限らない。
アベンジャーズみたいなヒーローが助けに来てくれることもないし、その場を自分で切り抜けなきゃいけない状況だってある。
とっても怖い思いをするかもしれないね。
だけど、この家に帰ってきてくれれば、僕達が君をそっと包み込んで、大丈夫だよってメッセージを送るから。
そのエネルギーを充填して、また明日、こんな世の中に踏み出してゆく勇気を携えて欲しい。
だから、ここに帰ってきてくれればいいんだ。
外の世界でどんな思いをしたとしても、ここには安心できる君の居場所が必ずある。
僕達がそれを作る。
誰にだって、そーゆー場所はあるんだよ。
君をそっと包み込んで、明日を生きる糧を与えてくれる場所が。
そこからは目を背けないで、いつでも帰っておいで。
さあ、いってらっしゃい。
「ねえ、今日の私さ、昨日と何か違うと思わない?」
休日の朝、開口一番、娘が尋ねてきた。
「何か違う…?え、分かんないけど」
見慣れた娘の姿だ。何も変わらない。
強いて言えば、寝起きで髪の毛がボサボサなことくらいか。
「見た目じゃなくてさ。中身の話なんだけど」
「中身?そんなん分かるわけないじゃん。何かあったの?」
「たぶん私ね、五年後の私なんだよ。高校一年生なの」
「何を…言ってんの?」
「この姿、まだ小学生でしょ。教科書見たら五年生だった。でもね、中身は高校生の私なの。タイムスリップしたのかな?」
「タイム…スリップ?」
「うん、昨日の夜ね、明日の期末試験嫌だなーとか思いながら寝て、目が覚めたら五年前だったの。ビックリした」
ビックリしたのはこっちの方だ。
娘が壊れたのかと思った。
でも、話してみると、どう考えても小学五年生の娘とは思えない言動だった。
目の前で、因数分解をスラスラとやってのける。
「ね?信じてくれた?」
「これはもう信じるしかないけど…じゃあ娘はどこに行ったんだ?俺の娘は」
「私もあなたの娘だけど…もしかして、私がいた時代に行っちゃってんのかな。そしたら向こうのお父さんも、きっとビックリしてるね」
笑い事じゃない。
それこそ、娘が壊れてしまったと思うかもしれない。
高校生の娘のように、うまく説明だって出来ないだろう。
そっちの自分も困惑は、きっと私以上だと思う。
「元に戻せないのか?小学生の娘が突然高校生だなんて、大切な時期を失くしてしまったような気がするよ」
「うーん、分からないけど、今夜寝たら、明日の朝には戻ってるんじゃないのかな。なんかそんな気がする」
「相変わらず呑気だな。そのまま成長してるんだな」
「失礼だな。ちゃんと成長してるよ。学校の成績だってイイんだから」
「…そっか。それは安心した。…でも、それは娘の成長を見守りながら知りたかったな」
「…分かった。もう言わないよ。でもさ、明日はサヨナラかもしれないから、今日一日くらいは一緒に遊ぼうよ」
特に何もしたわけでもない。
どこへも出掛けずに、家で二人でゲームをやったり、食事を作ったり。
二ヶ月前、母親を交通事故で失ってから、娘はずっと塞ぎがちだった。
それは自分もだが、五年後の娘がしっかり立ち直って笑っている姿を見れたのは、正直なところ嬉しかった。
「じゃあ、おやすみ。今日は楽しかった。明日はどうなってるかな?」
「さあ…それは分かんないな」
「分かんないから言っとくね。お父さんも元気出してね。きっとこれから、楽しいこといろいろあるから」
「ん…まあ、その辺は聞かないでおくよ。でも、大丈夫。俺にはお前がいるから」
「そーだね。まだまだ一緒にいるもんね。明日の朝、私が小学生に戻ってたら、いろいろフォローしてあげてね。たぶん今日一日、大変な思いをしただろうから」
「分かったよ。お前も、あっちの父親を大切にな。強がってても、ホントは淋しいんだから」
「そーなんだ。そんな素振りあんまり見せないの、カッコいいね」
「強がってるだけだよ」
それぞれの寝室に戻り、眠りについた。
その夜は、久し振りに家族三人で遊ぶ夢を見た。
笑顔の妻と、小学五年生の娘と。
幸せだった。
朝が、待ち遠しい。
期末試験、頑張れよ。