あれ…?
窓の外に広がる風景。
都内のマンションの十二階。独り暮らしの部屋。
毎日見慣れた風景の中に、何か違和感を感じた。
何だ…?何か…足りない?
ひとつひとつ、確認してゆく。
ん…あそこに確か、ビルがあったような…気のせいか?
乱立するビルの数や状況など把握してはいない。
だが、あったような…気がする。
次の日の朝、何事もなかったかのように、そのビルは存在していた。
ほらやっぱり。
なんで昨日は無くなってたんだ?
一日のうちに取り壊して再生なんて、そんな馬鹿な。
もちろん、考えても分かる訳がない。
そんなことよりも、あそこ、あの妙な形のビルは何だ?
あんなビルは今まで無かったぞ。
シミュレーション仮説というものがあるらしい。
詳細は長くなるのでWikiに任せるが、まあ、「この世界は誰かの手によって作られた疑似世界」みたいなものか?
だから、至るところにアラが生じる。
あるべきものが無くなったり、その形を変えてしまったり。
その誰かのテキトーさに左右されるってことだ。
窓からの風景が日々変化するなんて、そりゃさもありなんってところだろう。
まあ、単なる仮説であって、現実に起こり得るものではないと…思いたい。
窓からの風景にしたって、結局は記憶のテキトーさの方が原因となるのだろう。
…いや、待てよ。
この世界が、自分の頭の中で構成されているものだとしたら、自分の記憶のテキトーさが、シミュレーション仮説そのものを証明してることにならないか?
ビルをひとつ消すことも、いや、それ以外だって…。
「おはよう」
朝、目覚めると、そこはすべての幸せに包まれた部屋だった。
素晴らしきかな、シミュレーテッド・リアリティ。
喧嘩の理由はいつもくだらなくて、でも僕達はいつだって本気で言い争った。
それはきっと、相手が君だったから。
軽い気持ちでは、これから一緒にいられないと思ったから。
君と僕が出会って、すれ違うだけで終わらずに立ち止まったこと。
それが君であって僕だったこと。
そこにはきっと、何の意味もない。
だだ、お互いの居心地が良かっただけ。
君に嘘をついたのは、あれが初めてじゃなかった。
心は痛んだけど、君から離れるよりはマシだと思えた。
この関係がたとえ歪なものであっても、それは僕達二人だけの事情であって、誰に咎められるものじゃない。
だから君といる僕は幸せだったんだ。
君が僕を裏切った日。
マンションの駐車場で僕は吐きまくった。
この状況に立ち向かえる、新しい自分が姿を見せるまで。
だけど、少しだけ顔を見せたそいつも、次の日には君を求めて彷徨い続けていた。
まるで、これがお前の正体だと言わんばかりに。
君と僕。
夕暮れと月光のように。
熱量は違えど、作り出す空間の切なさに惹かれた。
言い争い、寄り添い、騙し合い。
そんな二人の幸せは、他人から見れば偽物だったけど、あんなに居心地のいい場所は他になかった。
君といられたら幸せだって言ったろ。
裏切られても君と同じ空に浮かぶんだ。
悲しい世界を照らして、もう一度立ち止まれる日を待つよ。
それまでは歩き続けて。
君を求めて彷徨い続ける。
「インセプション」とか「パプリカ」、ついこの間観た「ドリーム・シナリオ」とかも、他人の夢に入り込む映画だったな。
夢って何なんだろ。
想像とは違うのだろうか。
人はいろんなことを想像する。
楽しいことや悲しいこと、怖いことやエロいこと。
想像は現実じゃないという理性が働くけど、眠っている状態で見る夢は、現実との境界が分からなくなって、あんな風にリアルな世界感を持つのだろうか。
いや、所々、リアルではないのだが。
ついこの間、私史上最高に怖い夢を見た。
めちゃくちゃ怖くて、目が覚めた部屋の暗闇の中で、安堵感と恐怖感がごちゃ混ぜになって、しばらく身動きが取れなかった。
で、それはどんな夢かというと…覚えてない。
あんなに強烈な夢だった、はずなのに…覚えてない。
俺もう終わりだな、とまで思ったのに。
現実世界でそんな思いをしたら、生涯忘れることはないだろう。
まあ、夢の話なんて、誰かにしたところで、その恐怖は半分も伝わらない。
だって夢だから。
映像も無いし、誰かの体験談である怪談ほどのリアリティもない。
所詮、お前の頭の中の出来事だろ?と言われたらそれまでだ。
だけど、自分の頭の中をいっぱいに満たす感情は、本物だよな。
他人には伝わらなくても、下手をすればメンタルを持っていかれるほど。
思えば、先に挙げた三本の映画も、そこはかとなく怖くて悲しかった…気がする。
最近観た「ドリーム・シナリオ」なんかも、かなり物語に無理はありつつも、夢に翻弄されてしまう恐怖が描かれていた。
まあ、誰の夢に自分が現れてどんな悪事を働こうと、それは夢を見てる人間の問題であって自分は何も悪くないだろ、というのがこの映画の感想だったが。
そうはいかない悲しい結末だったな。
さあ、もうそろそろ眠りにつこう。
そして、夢の中へ。
楽しく悲しく怖くエロく、自由自在な世界の中へ。
潜り込んで好き勝手やろう。
どうせ覚えてないんだから。
どれだけヤバくても、必ず現実に戻ってくるんだから。
そうだろ?
そう…だよね?
親父とお袋、元気かな。
遠く離れて、家庭を持った。
東京の大学に行くと家を出て、そのまま就職し、結婚し、子供を作り、家庭を持った。
時折考える。
俺の家は、どこなんだろう。
毎日帰る家がある。
そこには、俺の家族が待っている。
俺が築き上げた家庭。
愛しの我が家。ホーム・スイート・ホーム。
そして、俺が実家と呼ぶ場所。
そこにも、俺の家族がいる。
今は年老いた父と母が、まだ今の俺よりずっと若い頃に、幼い俺を守り育ててくれた。
あの頃は、あれが俺にとっての唯一の家だった。
その家は今はもう遠く、毎日そばにいるのが当たり前だった両親との距離も遠ざかった。
切り離した訳でも、失った訳でもない。
でも、遠い。
仕方のないことだと分かっていても、時折胸が苦しくなる。
いつか失う日が来るだろう。
そんなに遠い未来ではないのかもしれない。
新しい居場所がここにあるだけ幸せなんだと自分に言い聞かせる。
だけど、失うのは悲しい。
きっと、一番多感だった頃を過ごした場所だから。
誰よりも俺を守ってくれた人達とともに。
元気かな。
元気でいて欲しいな。
いつまでも、とはいかなくても、出来るだけ長く、どんな形にせよ、あなた達にもらった恩を息子として返せるまで、もうちょっと元気でいて欲しいな。
覚えてるか?
俺との約束。
いつか偉くなって、この世界をバラ色にしてみせるって。
そんなん無理に決まってると笑う俺に、やってみなきゃ分かんないだろ!と声を張り上げた、お前。
それなら、その日が来たら、俺はシャンパン持ってお前に会いに行くよと、あの日交わした遠い約束。
いつのまにか、お互いの存在が遠くなって、気が付いたら、お前はもう俺の手の届かないところにいた。
そして、この国を動かせるほどの力を持ったお前は、あの日の約束を果たすべく、各国との交渉を重ねた。
だが、交渉はことごとく決裂し、次第にお前は正気を失ってゆく。
テレビでお前の憔悴しきった顔を見たよ。
助けに行かなきゃ、そう思ったけど、お前の周りには、様々な思惑を持った男達が取り囲む。
どうにも近付けそうにない。
そしてお前は、ある決断をした。
いや…させられた。
世界をバラ色に、真っ赤な炎で焼き尽くす決断。
その首謀者として、その存在を歴史に焼き付ける決断。
世界を破壊しようとした男として、永遠に名を残す決断。
覚えてるか?
俺との約束。
あの約束通り、お前に会いに行くよ。
シャンパンの代わりに、研ぎ澄まされたナイフを持って。
かつて共に過ごした俺を、お前は迎え入れてくれるだろ?
お前の暴走を止められるのは俺だけだから、きっとお前も俺を待っているはず。
今や、お前のたった一人の家族である、兄貴の俺のことを。
これ以上お前を、悪魔の手のひらで踊らせる訳にはいかない。