新しい地図を手に入れた。
この洞窟、そして洞窟を抜けた先にある、鍛冶職人の町まで描かれた地図だ。
その所々に文字が書かれ、新たな武器の隠し場所や、薬草の生える場所、休憩の出来るポイントまで教えてくれている。
これはイイものを手に入れた。
もうかなりスタミナを消費していて、そろそろどこかで体力を復活させないとと思っていたところだ。
地図を頼りに、薬草の在り処を目指す。
途中、もう見慣れたモンスターが現れた。
逃げる選択肢もあったが、ここは最後の力を振り絞って戦うことにした。
激しい攻防戦。
こちらのダメージは大きく、地面に倒れ込む。
もうダメかと思ったその時、あの呪文を思い出した。
旅の途中で出会った魔導師に教えられた、復活の呪文だ。
「命の灯火が消えそうになった時、この言葉を唱えなさい。あなたをもう一度、この現世に引き戻してくれる呪文です」
「アーデ、マルニス、トモロコ、ダンテ…」
…次の言葉が出てこない。
呪文が長すぎる。
そう言えば魔導師が、
「まあ、ゲームみたいにボタンひとつで呪文が出てくれればいいですけどね。これは覚えにくいですよね」
そんなことを言っていた。
本当に効果があるかも分からないと。
そりゃそうだ。
こんな言葉だけで、人の命がどうこう出来る訳がない。
薬草が、いや、医者が必要だ。
今すぐ、緊急延命手術を。
「…とゆーゲームを開発してみたいと思うんですがね」
「…斬新過ぎるだろ。誰が買うんだよ」
「リアル志向のダンジョン探求者、ですかね。この後、プレイヤーは救急隊に運ばれて、必要な措置を受け、病院のベッドで目を覚まします」
「魔導師の意味は」
「ないですね。斬新でしょ?満身創痍のプレイヤーが、さあ、あのダンジョンに戻る選択を取れるのか。この至れり尽くせりな環境を捨てて、新しい地図を手に冒険を再び始められるのか」
「始めなかったらゲーム終わりじゃん」
「そこからは、病院でのリアルライフシミュレーションゲームとなります。一粒で二度楽しめるってやつですかね」
「いや…俺はいったい何がやりたいんだ?ってなるだろ。我が社を潰す気か」
世界には、今までの歴史上での当たり前が溢れかえっている。
大雑把に言えば、同じことの繰り返しばかり。
そろそろ、新しい地図を手に入れて、今までにない斬新なシステムを取り入れるべきじゃないだろうか。
ゲームにも、人生にも。
いや…もちろん、こんなゲームが売れるとはまったく思わないが。
君に「好きだよ」と伝えた日。
君はしばらく黙った後、「なんで?」と聞いてきた。
なんでって…言われて考えてみる。
なんで君を好きになったんだろう。
君は僕を、いつも不安にさせる。
何度も君のために涙を流し、何度も心を震わせた。
それは、愛というより他に、表現のしようがないこと。
それでも、こんなに翻弄されて心乱されて、本当に僕は、君を必要としているのだろうか。
「私は、あなたにとって良くない存在だと思う」
君にそう言われて、この電話を切って君のすべてを忘れてしまおうかとも思った。
それが出来たら、僕は幸せになれたのだろうか。
心の中の一番大切にしたい部分が、
「それは違う!」と叫んでいたけれど。
「なんでかは分からない。でも、この気持ちが本当で、僕の一番大切な想いだってことは分かってる」
僕の言葉は、電波に乗って君へと届いた。
君を悩ませたかもしれない。
君の人生の行方を変えてしまったかもしれない。
それでも僕は、君とともにいたい気持ちを押し通した。
これを伝えなければ、この世界に生きる意味のひとつが透明になってしまうと思ったから。
愛という感情のメカニズムなど知らない。
こんなに不可解なシステムは誰にも理解出来ない。
だって君が、
「私もあなたがずっと大好きだよ、誰よりも」
そう答えてくれたから。
その答えに僕はまた、涙を流し心を震わせた。
浮かれ過ぎんなよ。
今や世界は傾き始めてるぞ。
アメリカもニッポンもコリアも大変なことになってる。
国民は、酒飲んで桜愛でてる場合じゃないんじゃないか?
死活問題になりかねない。
未曾有の人災が起こりつつあるんだよ。
テレビじゃ伝わらないことも、今は教えてくれる媒体があるからね。
ちゃんとチェックして、最悪の事態に備えないとな。
とか言っても、桜は華麗に咲き誇る。
目を奪われ、しばし浮世の憂さを忘れさせる。
ありがたい季節だ。
こんな季節に、何を世界は騒いでいるのか。
酒飲んで桜愛でてれば、何もかも上手くいくような気もする。
せめて今日ぐらいは、そんな日にしてもいいんじゃないかな。
とゆー訳で、これから花見に行ってきます。
食べて飲んで騒いで、来週からまた、この国のために頑張れるように。
君とならうまくやれると思ったんだけどな。
まさか、警察の犬だったとは。
よくも俺を騙し通せたもんだ。
これでも俺は鼻が利くんだぜ。
怪しい匂いが少しでもすれば、絶対に気付けたはずなのに、いったいどんな手で匂いを消したんだ?
ファブリーズ?消臭力?
どっちにしろ、君もプロだったんだな。
まんまと裏をかかれたぜ。
野良犬の俺には、君達の世界は眩しすぎる。
ニッポンの平和を守るために、日々訓練してるんだろ。
カッコ良すぎるよ。
俺なんか、今日の飯にも困って、あの店の裏のゴミ箱から、食いもんを盗む毎日だ。
そんな俺を逮捕しに来たんだろ。
…え?違う?
俺に協力して欲しいって?
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確かに僕は特殊な訓練を受けているが、それで俊敏さや持久力は身に付いても、嗅覚はやっぱり生まれついてのものが大きくてな。
人間よりは遥かに鼻が利くが、まあ、その程度だ。
そこで、君の噂を聞いた。
この街一番の嗅覚を持ってるって。
美味い残飯を嗅ぎ分ける能力もピカイチだそうじゃないか。
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何だかほのかに虚しくなってきたが、気のせいか?
俺は褒められて認められてるんだよな?
まあいいや。で、いったい俺に何をしろと?
え?麻薬捜査?
この街の反社組織が保管している薬物の在り処を探るの?
そんなの簡単じゃん。
俺、いつもその匂いを嗅いで、「臭いな」って息を止めてるんだ。
その場所を教えりゃいいのね?
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やっぱり、思った通りだ。
いや、それ以上の嗅覚を持ってる。
君となら絶対うまくやれると思って、こうして君に近付いたんだ。
ただの、薄汚い野良犬のフリをしてな。
すっかり騙されたろ。
僕の潜入捜査能力も見事なもんだな。
臭い残飯も我慢して食った。
屋根のないところで寝て、トイレじゃないところでウンチをするなんて、ホントにもう二度とゴメンだぜ。
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君、本性出したら、あんまり友達いなそうだね。
…で?俺が協力したら、何してくれんの?
何かご褒美とか、ないの?
俺もこの道のプロだからな。安い報酬じゃ動かないぜ。
せめて、高級ドッグフードの一皿くらい貰わんとな。
え?プレミアムドッグフード?
それって美味いの?
警察犬御用達?
よし、じゃあ早速行こうか。
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ところで、組織のアジトを見つけたら、僕達の素性がバレて、奴らに襲われるかもしれない。
奴らは、拳銃という物騒なものを所持している可能性があるんだ。
大丈夫かい?
僕は訓練を受けているから平気だが、野良犬の君にはリスクが高いかもしれないね。
それでもやってくれるかい?
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おいおい、俺をナメてもらっちゃ困るぜ。
俺はこの道のプロだって言ってんだろ。
え?何のプロかって?
まあ…アウトドア…サバイバル…要するに、野良犬のプロだよ。
ここまで生き残ってきたんだ。
この体でな。
拳銃なんて出てきたら、俺が噛み砕いてやるよ。
心配すんな。
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…分かった。
僕も、確保の訓練は受けているが、人間と争うのは訳が違うからな。
その辺は、君の方が頼りになるかもしれん。
頼もしいよ。警察犬になって欲しいくらいだ。
よし、じゃあ行こうか。
君の言う場所は、この先の商店街を抜けたところだな。
君が先頭に立って案内してくれ。
僕は目立たないようについてゆくよ。
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「ねえママ、見て。ワンちゃんが二匹、並んで歩いてくよ。可愛いね」
「あらホント。チワワにシェパードなんて、面白い組み合わせだね。どちらも首輪をしてないようだけど…あんな野良犬、珍しいね」
この空の向こうに君がいる。
きっと楽しそうに笑ってる。
もうあれは七年前。
お別れの日は悲しいほどの雨だった。
傘をさして立ち尽くす君に、「もう二度と会わない」と告げた。
幸せになって欲しいなんて思わない。
地獄に堕ちろとも思わない。
ただ、今日という日のことを覚えておいて欲しい。
土砂降りの雨の中で、やっと僕を解放した日のことを。
この空の向こうに君がいる。
きっとそれは僕の知っている君じゃない。
自由奔放に生きて、誰かを傷つけて、すべてのことを過去に追いやって。
空に向かって叫ぶ。
僕は間違っていなかった、と。
僕も君もただ、幼すぎただけ。
生きる場所を失うことに、臆病になりすぎていただけ。
明日の空は、何色だろう。
君も同じ空を見るだろうか。
君も間違ってなんかいないから、君を受け入れてくれる誰かと出会えていたら…いいな。
幸せになって欲しいなんて思わない、けど。