若い女の子グループ。
中学生だろうか。
楽しそうに改札を抜けてきて、
「なんか、静かな駅だね。テレビで『おしゃれタウン』とか紹介されてたから、もっと人が多いのかと思った」
「おしゃれな街だからさ、あんまりゴミゴミしてないんじゃない?隠れ家的なカフェとかありそうだし」
「そっか。新宿から近いって聞いてたのに、結構かかったもんね。乗り継ぎもしたし」
「乗換案内アプリもいい加減だよねー、やっぱり、あんなのに頼るより、自分達の感覚とか知識を信じるべきだよね」
「ホントそう。テレビからの情報をチラッと耳にしただけで、ちゃんとここまで来れちゃうんだもんね。学校で皆にも自慢しちゃお」
「なんかでも、この街の雰囲気、私達のローカルな地元に似てるよね。こんなもんなのかな」
「駅を出たらきっと全然違うよ。なんてったって幡ヶ谷だもん。ほら行こ!」
元気に走って行ってしまった、少女達にそっと伝えたい。
「違う、ここじゃない。ここは鳩ヶ谷。ほらそこの柱に、たまさぶろうくんのポスターが貼ってあるじゃないか。ここは埼玉県の鳩ヶ谷。渋谷区の幡ヶ谷じゃないんだよ」
驚くことに、年間10~15件の勘違いがあるそうで、駅キャラクターのたまさぶろうくんが頑張って訴えている。
「違う、ここじゃない」「C/W:幡ヶ谷で5時(今から間に合うかな?Version)」
アプリを使う、人間の思い込みが生む悲劇。
あの子達、無事に隠れ家的なカフェに辿り着けるかな。
覚えてる?来年の今頃、私達が結婚式を挙げるの。
思い出して。二人の新居での生活。
幸せな朝。寄り添って眠る夜。
翌年には家族が増えて、子猫も飼うわ。
娘は私達の宝物。
たくさんの笑顔を届けてくれる。
あなたは仕事で悩んだりもするけど、家族のことを一番に考えてくれて。
学校から帰ってきた娘の話を楽しそうに聞いて、休みの日は三人でお出かけして、お買い物して、美味しいもの食べて。
娘が高校生になって、彼氏が出来たと聞いた時のあなたの顔ったら。
そんなのまだ早いとか、俺は認めないとか。
私達が付き合い始めたのも、高校生の時だったよね。
娘が家を出る日、あなたは必死で涙を堪えるの。
それが父親の威厳だとか言って。
そんなの、とっくに崩壊してるのにね。
ホント、あなたって可愛い人。
また、二人の生活が始まって、静かな日々が続くの。
映画を観たり、公園を散歩したり。
今の二人に戻った感じだよね。
これはこれで幸せ。あなたがいるから。
そしてね、ある日、娘から報告があるの。
子供が出来たって。
私達、おじいちゃんとおばあちゃんになるんだよ。
信じられる?こんな日が来るなんて。
そんな私達の未来の記憶、あなたには覚えていて欲しい。
もうすぐサヨナラだけど、私達にはそんな未来があった。
幸せな人生だったよ。ありがとう。
ココロって何ですか?
私の体のどこにありますか?
健康診断でも、身体検査でも、ココロなんて部位は測定してくれない。
頭痛や腹痛と同様に、こんなに自分を苦しめるのに。
その苦しさに耐えきれず、命を落とす人だっているのに。
ココロって、何よりも大切ですよね。
ちゃんとケアしてますか?
あなたのココロと私のココロを入れ替えたなら、それは私なのでしょうか、あなたなのでしょうか。
長く世話になってきた体で、自分では思いもしなかったようなことを考える。
…いや、考えるのは頭か。
じゃあ、ココロを入れ替えても私は私のまま?
ココロって何なんだろう。
ホントに存在するのだろうか。
そんなもの、ないのかもしれない。
すべて、頭で考えて、感じているのかもしれない。
じゃあ、頭がココロ?
実はそうなのかもしれないけど、そうじゃない気もする。
そうであって欲しくない気も。
嬉しい時や悲しい時、頭で考えるより先に、感情が迸る。
これは、頭じゃないどこか、まさに、❤のある場所で。
…もう、分からないや。
残念だ、と落胆してるのは、頭? ココロ?
ココロを失くしたら、ロボットみたいになるのかな。
それはそれで、生きるのが楽になったりするのかな。
でも…失くしたくないな。
それが生きている証なら、どれだけ厄介な思いを押し付けられても、それに抗っていきたいな。
ココロって何ですか?
こんな風に、何の生産性もないことをツラツラと思い悩む、そんな一番の人間らしさのことなのかもしれないな。
星に願っていたら、星が落ちてきて、目の前の窓枠に腰掛けて言う。
「やめてくれよ。俺達にそんな力はないよ。神社にでも行ってくれよ」
「いや…そう言われちゃ身も蓋もないんだけど、このスタイルはずっと昔からのもんだろ。叶わないのもそれなりに承知の上で…」
「冷やかしかよ。そんな力もないって分かってて持ち上げようってか。ホント、性格悪いよな」
「友達みたいに言わないでくれよ。分かったよ。願うのはやめる。ところで、君はなんて星?」
「俺?俺は…願い星」
「…」
「いや、名前だから。しかも、俺達星の名前は、君達が勝手につけたんじゃないか。発見した人の名前だったりもする」
「何も言ってないよ。イイ名前だと思う。ホントは、願いを叶えてくれたりするんじゃないの?」
「だから、そんな力はないって。ほとんどが水素とヘリウムガスで出来てるんだから。地球が願いを叶えてくれるかい?」
「地球に…願ったことはないかな。何となく、何となく上を見ちゃうんだよな」
「へりくだり過ぎだよ。もっと自信を持て。自分の力で願いは叶えられる。そう信じるんだ」
「さすが願い星。そうやって僕達を…」
「やめろ。俺はもう帰る。無駄な願い事はやめるんだな。…ちなみに、何を願ってるんだ?」
「ん…今は、あの星達がいつまでもキラキラと輝いていますようにって。あんまり綺麗だったもんだから」
「…そうか。うん、頑張るよ。その願いは、俺達も叶えたい」
「僕も、個人的な願いは、自分の力で叶えられるように頑張るよ」
「うん。星に願ってくれて、ありがとう。願い星として、聞き入れるよ」
「そっか。じゃあこれからも星達は輝き続けるんだね。安心した」
「言ったろ。自分の力を信じるんだ。俺も自分達の輝きを信じる。だから、終わらない」
夜明けが近付く。
星が消えてゆく。
でも、願い星はそこにある。
僕たちの頭上に、輝いている。
そんな夜の、妄想のような空想。
後悔しているのは、君の背中を押したこと。
崖っぷちに立っていた君の、小さな背中を押してしまったこと。
その行為によって、君とのお別れの時が訪れた。
君は、崖から真っ逆さまに飛び降り、捨て身の猛攻で彼にアプローチして、その恋を手に入れた。
見れば、君の背中に生えた翼は、天使のそれと寸分違わない。
君は生まれ変わったんだね。
僕のアドバイスを真に受けて、僕の応援に励まされて。
君の背中を押してしまったばかりに、僕は君の隣にいられなくなった。
君の力になりたいなんて、思ってしまったばかりに。
こんな優しさはいらなかったのか。
崖から飛び降りるリスクを伝えて、優しく肩を抱いて崖から引き離せば良かったのか。
いっそのこと、崖下で君が玉砕されれば良かったのに。
その美しい翼をもがれ、惨めな敗者となって僕のもとへ戻ってくれば良かったのに。
思えば、もともと崖なんか無かったのかもしれない。
その縁から一歩踏み出すだけで、君は彼と結ばれる運命だったのかも。
…いや、運命なんか信じない。
すべては動き出す勇気、なのだろう。
それが僕には無かった。それだけのこと。
君と同じように崖っぷちに立っていながら、その一歩を踏み出せなかった。
誰かが背中を押してくれたらなんて、都合のいいことばかり考えて。
もう、君の背中を押したことを、後悔するのはやめよう。
君の幸せそうな笑顔。それが教えてくれた。
もう、何をあがいても無駄だってこと。
僕にだって、あの翼を手に入れることは出来るんだってこと。
崖下は遠く霞み、着地点は見えない。
そもそも、地上に降り立つ日は来るのだろうか。
それでも、僕は宙に舞う。
落ちていき、息が苦しくなって、もうダメかと思った矢先に、背中がムズムズとしてきて、僕の背中に小さな翼が生えてきた。
感覚で分かる。
まだ羽ばたけないけど、きっといつか、地上で玉砕する前に、大きく羽ばたいて飛んでゆく。
あの大空に向かって。