猫が日なたぼっこ。
あったかいコーヒー飲んで、窓の外の淡い青を見上げる。
BGMは、名も知らぬアーティストのスムースジャズ。
こんな時間の過ごし方を、私は幸せと呼ぶ。
仕事も、嫌いではない。
イイ意味でハマれば、生きている充実感だって感じることが出来る。
でも、心のどこかで、「やらされている」感が否めない。
ホントにこれが、自分のやりたいことか?と問われれば、胸を張って「Yes!」と答える自信はない。
だからこそ、この休日のひとときが至福なものとなる。
日なたぼっこの猫もそう教えてくれる。
人は、何もしなくても幸せでいられるんだな。
すべては心の持ちよう。
のんびりとした、冬休み。
なんか、嫌なこともあったけど、今年が終わるのと一緒にサヨナラしよう。
社会人にとっては、冬休みと言うより、年末年始。
終わりと始まりだ。
自分ごと、生まれ変わってしまってもいい。
すべては、心の持ちようなんだから。
あなたの両手を、温めるために存在しています。
それぐらいしか出来ません。
でも、この季節になると、必要としてくれる。
忘れられていなかったのだと、嬉しくなる。
何故、両足は毎日のように包みこんでいるのに、その美しい両手には、冬の間しか私を必要としないのか。
あなたの両手を包み込み、守りたい。
私の名前は、手ぶくろ。
そろそろ、一年ぶりの再会でしょうか。
表に出ると、手がかじかんでしまう寒さです。
気付けば私は、クローゼットの奥の方に追いやられていますが、きっとあなたは、私を探し出してくれる。
あなたが心から愛する、あの人からのプレゼント。
それが私。だからきっと特別。
毎日あなたの両足を包み、一日をともにする靴下達が、「最近会っていないようだ」と囁き合っていても。
私には、あなたの両手を温める、それぐらいしか出来ないから。
そのためにこの世界に存在しているから。
もしも、あなたの心が冷え切ってしまっていたとしても、私が温められるのは、あなたの両手だけ。
今年の冬は、クローゼットの奥に埋もれたまま、あなたの両手に触れられることはないのかもしれない。
それでもいい。
きっと、新しい「手ぶくろ」が、あなたの両手を温めてくれるから。
私の目的は、あなたの両手を温めること。
それを私以外の誰かに託すことも、やぶさかではない。
ただ、あなたの心を、そして両手を、氷のように冷やしてしまうことは受け入れがたい。
だから私は、あの人を許さない。
クローゼットより愛をこめて。
そして、憎しみの念をこめて。
決して変わらないものはある。
それは、この世の中に、変わらないものはないという事実。
これは変わらない。
屁理屈王決定戦なら、きっと準優勝くらいまでいける。
前回、とゆーか、昨日のことだが、行きつけの喫茶店のマスターの娘さんを誘ってみた。
クリスマスを一緒に過ごしませんか、と。
まさか、うまくいくとは思わなかった。
あの世の母親からの後押しがなかったら、今日もあのアパートの一室で、一人寂しく過ごしていたことだろう。
昨夜帰宅したら、隣の学生達はすでに酔い潰れたのか、辺りはしんと静まり返っていた。
ぐっすり眠って、クリスマスの朝。
目覚めてまず、昨夜のことはすべて夢だったんじゃないかと疑う。
死んだ母親からのLINEとか、昨夜の彼女との会話とか。
だって、聖なる夜だから、何だってありな気がするし、サンタさんからのプレゼントで、素敵な夢を見させてもらっただけなのかも。
事実、今朝スマホを確認したら、LINEには昨夜のトーク履歴は何も無かった。
ほら、やっぱり。
半信半疑のまま、着替えてあの喫茶店へと向かう。
果たして、彼女は待っていてくれた。
まだ、夢から覚めなくていいのかな。
聖なる夜は終わっても、今日の日没まで、クリスマスの奇跡は続いているのか。
彼女の希望で、何軒かの喫茶店を巡った。
コーヒーの味を研究したいらしい。
なんて勉強熱心なんだ。
またこれからも、彼女のお店に行く楽しみが増えていく。
いろんな話をした。
彼女の母親もすでに他界して、父親と二人であの店をやっていること。
今日飲んだコーヒーの中に、父親が作るコーヒーを超えるものは無かったこと。
昨夜の父親との晩酌で、私の話題が上がって、マスターの私に対する印象を聞けたこと。
最後の話は続きが気になって仕方がなかったが、まあ、酔いが回った頃に話したことだから、と彼女に機先を制されて、詳しくは知ることが出来なかった。
夕暮れ。
クリスマスが終わる。
さあ、私の夢も覚めてしまうのだろうか。
気付いたら、歩道橋の上から一人寂しく、走る車の列を見下ろしてたりして。
そんな妄想とは裏腹に、今はユニクロで、お互いにプレゼントする服を選んでいる。
バイト代がたまってなくて…と言う彼女の希望で選んだ店だが、私にとっては彼女がプレゼントしてくれた服というだけで、もう「ユニクロ最高!」だ。
帰り道、どうやらこの夢は、まだしばらく私に至福の時間をもたらしてくれるようだ。
こんなクリスマスの過ごし方を、天国の母親はどんな顔で眺めているのだろう。
少しは安心させられたかな。
生きているうちに紹介したかったな。
「大丈夫、ちゃんと見てるよ」
そう言ってくれているような気もして、彼女が買ってくれたあったかいセーターごと、自分を抱きしめた。
寒さも寂しさも、ゆっくりと溶かしてゆくように。
静かな夜。聖なる夜。
アパートの隣の部屋では、今まさにクリスマスパーティーが始まろうとしていた。
学生達が集まって、凄い盛り上がりが伝わってくる。
今夜はここにはいられないな。
着膨れて、スマホと財布だけ持って、部屋を出た。
街は浮かれていた。幸せそうなイルミネーション。
独り身のおっさんの居場所はないのか。
クリスマスってのは、ぼっちを炙り出して晒し上げて皆で騒ごうってイベントなのか?
サンタのおやじはずいぶんS気質なんだな。
知らんけど。
ウロウロするのに疲れて、何度か来たことのある喫茶店で暖を取る。
スマホを取り出し画面を見ると、昨年亡くなったはずの母からLINEが来ていた。
「まったくお前は、甲斐性なしだねえ」
なんでだよ。ちゃんとやるべきことをやってるわ。
あっちに逝ったんだからもう、子供扱いはやめてくれ。
苦いコーヒーを飲んで、顔をしかめた。
まったく、聖なる夜ってのは、何でもありだな。
「コーヒーのおかわり、いかがですか?」
隣に立った女性店員に突然声をかけられ、我に返る。
「あ…おかわり?」
「ええ、クリスマスだけのサービスです。店長の気まぐれで」
「ああ、じゃあ、もらおうかな」
「まだ、イブなんですけどね。なんだか、明日のクリスマスより、今夜の方が賑やかな気がしませんか?」
「そーだね。でも実際には、聖夜ってのは24日の夜のことで、25日の夜にはクリスマスは終わってるらしいよ」
「そーなんですか?イブは前夜祭みたいなもんだと思ってました」
「まあそーなんだけど、昔の暦では、日没が日付の変わり目だったから、イブの夜はすでにクリスマス、っていうか」
「へぇー知らなかったです。じゃあ、キリストの誕生を祝うなら今夜なんですね」
「本当にそんなものを祝ってるのか、怪しいけどね」
二杯目のコーヒーは苦すぎず、美味しかった。
やっぱり、淹れてくれる人によって味は変わるんだな。
一杯目はマスターだったし…いや、淹れてくれたのはどちらもマスターか。
注いでくれたのが彼女だった訳で…まあどーでもいいや。
この店も朝まではやってないから、どこかの居酒屋かファミレスにでも移動しなきゃならない。
聖なる夜に俺は何やってんだか。
再び、母からLINE。
「そこにいるお姉さんでも誘ってみたらどーだい?」
まったく、簡単に言うなっての。
「こんな時間までバイトしてんだから、今夜の予定は無いんじゃないの?」
…ん、一理ある。
「かーさんもね、そうやってとーさんに突然誘われてねえ…」
もう聞きたくない。
LINEを閉じて、帰り支度をする。
レジで、彼女が対応してくれた。
「美味しかったですか、コーヒー」
「はい。二杯目が特に」
「それは良かったです。クリスマスに来店された甲斐がありましたね」
「母親曰く、私は甲斐性なしなんですけどね」
「え?」
「あ、いや…ところで、この後のご予定は?」
すんなりと聞けた。
「この後…バイトが終わったらですか?」
「そう。美味しかったコーヒーのお礼がしたくて」
「じゃあそれは店長に…なんて無粋なこと言っちゃダメですよね。ごめんなさい、でも、今夜はこの後、店を閉めて、父と晩酌して、ゆっくり休むつもりなんです。今日も一日仕事でしたから」
「ん?あれ?もしかして、マスターの、娘さん?」
「そーですよ。知らないで通ってくださってたんですか?」
「そーなんだ。全然気付かなかった。じゃあ、そのうち、あなたが淹れてくれたコーヒーも飲めるのかな?」
「さっきの二杯目、私が淹れました」
ほら、やっぱり。
クリスマスの奇跡ってやつか。
彼女の方から、明日の日中に会えないかと誘われた。
「明日はお店が休みなんですよ。稼ぎ時だってのに、父が忙しいのは嫌だって。急に言われて、予定がガラ空きになっちゃって。せっかくのクリスマス、何か想い出残したいですよね。明日、日が沈むまではクリスマスですもんね。」
帰り道、LINEを確認したら、母から大量の「(*>ω<)bグッ」が届いていた。
どこでこんなの覚えたんだ?あの世で?
不本意だが、「ありがとな」と返信しとく。
ホント、聖なる夜は、何でもありなんだな。
明日からは、こんなLINEは来ないだろう。