静かな夜。聖なる夜。
アパートの隣の部屋では、今まさにクリスマスパーティーが始まろうとしていた。
学生達が集まって、凄い盛り上がりが伝わってくる。
今夜はここにはいられないな。
着膨れて、スマホと財布だけ持って、部屋を出た。
街は浮かれていた。幸せそうなイルミネーション。
独り身のおっさんの居場所はないのか。
クリスマスってのは、ぼっちを炙り出して晒し上げて皆で騒ごうってイベントなのか?
サンタのおやじはずいぶんS気質なんだな。
知らんけど。
ウロウロするのに疲れて、何度か来たことのある喫茶店で暖を取る。
スマホを取り出し画面を見ると、昨年亡くなったはずの母からLINEが来ていた。
「まったくお前は、甲斐性なしだねえ」
なんでだよ。ちゃんとやるべきことをやってるわ。
あっちに逝ったんだからもう、子供扱いはやめてくれ。
苦いコーヒーを飲んで、顔をしかめた。
まったく、聖なる夜ってのは、何でもありだな。
「コーヒーのおかわり、いかがですか?」
隣に立った女性店員に突然声をかけられ、我に返る。
「あ…おかわり?」
「ええ、クリスマスだけのサービスです。店長の気まぐれで」
「ああ、じゃあ、もらおうかな」
「まだ、イブなんですけどね。なんだか、明日のクリスマスより、今夜の方が賑やかな気がしませんか?」
「そーだね。でも実際には、聖夜ってのは24日の夜のことで、25日の夜にはクリスマスは終わってるらしいよ」
「そーなんですか?イブは前夜祭みたいなもんだと思ってました」
「まあそーなんだけど、昔の暦では、日没が日付の変わり目だったから、イブの夜はすでにクリスマス、っていうか」
「へぇー知らなかったです。じゃあ、キリストの誕生を祝うなら今夜なんですね」
「本当にそんなものを祝ってるのか、怪しいけどね」
二杯目のコーヒーは苦すぎず、美味しかった。
やっぱり、淹れてくれる人によって味は変わるんだな。
一杯目はマスターだったし…いや、淹れてくれたのはどちらもマスターか。
注いでくれたのが彼女だった訳で…まあどーでもいいや。
この店も朝まではやってないから、どこかの居酒屋かファミレスにでも移動しなきゃならない。
聖なる夜に俺は何やってんだか。
再び、母からLINE。
「そこにいるお姉さんでも誘ってみたらどーだい?」
まったく、簡単に言うなっての。
「こんな時間までバイトしてんだから、今夜の予定は無いんじゃないの?」
…ん、一理ある。
「かーさんもね、そうやってとーさんに突然誘われてねえ…」
もう聞きたくない。
LINEを閉じて、帰り支度をする。
レジで、彼女が対応してくれた。
「美味しかったですか、コーヒー」
「はい。二杯目が特に」
「それは良かったです。クリスマスに来店された甲斐がありましたね」
「母親曰く、私は甲斐性なしなんですけどね」
「え?」
「あ、いや…ところで、この後のご予定は?」
すんなりと聞けた。
「この後…バイトが終わったらですか?」
「そう。美味しかったコーヒーのお礼がしたくて」
「じゃあそれは店長に…なんて無粋なこと言っちゃダメですよね。ごめんなさい、でも、今夜はこの後、店を閉めて、父と晩酌して、ゆっくり休むつもりなんです。今日も一日仕事でしたから」
「ん?あれ?もしかして、マスターの、娘さん?」
「そーですよ。知らないで通ってくださってたんですか?」
「そーなんだ。全然気付かなかった。じゃあ、そのうち、あなたが淹れてくれたコーヒーも飲めるのかな?」
「さっきの二杯目、私が淹れました」
ほら、やっぱり。
クリスマスの奇跡ってやつか。
彼女の方から、明日の日中に会えないかと誘われた。
「明日はお店が休みなんですよ。稼ぎ時だってのに、父が忙しいのは嫌だって。急に言われて、予定がガラ空きになっちゃって。せっかくのクリスマス、何か想い出残したいですよね。明日、日が沈むまではクリスマスですもんね。」
帰り道、LINEを確認したら、母から大量の「(*>ω<)bグッ」が届いていた。
どこでこんなの覚えたんだ?あの世で?
不本意だが、「ありがとな」と返信しとく。
ホント、聖なる夜は、何でもありなんだな。
明日からは、こんなLINEは来ないだろう。
12/24/2024, 12:45:22 PM