Ryu

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10/29/2024, 2:20:52 PM

朝の通勤電車。
突然急停車して、アナウンスが流れる。
「先ほど、お客様がこの電車に接触したため、運転を見合わせます」
身動きの取れない満員電車の中、缶詰状態が続く。
お金を払って乗っているのに、どうしてこんな苦難を強いられるのか。
ヘトヘトになって辿り着いた職場では、いつものようにハードワークを強いられる。
こんな人生でいいのか?これが幸せと言えるのか?

朝の通勤電車。
もう何本も見送る。
満員電車が怖くて乗れない。
いつからこんな風になってしまったんだろう。
入社当時は何でもなかったのに。
突然、アナウンスが流れ、人身事故が発生したことを告げる。
もう無理だ。これ以上に人が増えて進まない電車には乗れない。
家に帰ろう。
自分の人生が、微かに音を立てて崩れていくのを感じる。

朝の通学電車。
たくさんの人達が詰め込まれてゆくのを見る。
行くべき場所を持っている人達を羨ましく思う。
私はもう、どこへも行けない。
今日ですべてが終わる。
このホームから、一歩足を踏み出すだけで。
きっと、たくさんの人に迷惑をかけるだろう。
最後まで、こんな人間でごめんなさい。
人生なんて、最初から期待しなければよかった。

朝の通常電車。
様々な人の人生を乗せて走る電車。
私はその電車を運転している責任を感じながら、安全運行を心掛けている。
快適に、迅速に、確実に。
個人的な性格が為せる業だが、これをもう何年も続けている。
視界の先に、ホームの上でふらつく少女を見つけた。
何となく、直感で分かる。
私は、電車のブレーキに手をかけた。

この、四角い箱にたくさんの人を乗せて、毎朝同じレールの上を走り続ける。
人生の成功や失敗など、関係なく日々運行される電車。
物語はいくつも生み出され、流れてゆく。
時には終わることもある。
だけど、誰もが幸せになりたいんだ。
すべての物語をハッピーエンドにしたいんだ。

たとえば、誰もが今日という日を悩みながらも生きて、消えるはずだった一人の少女の命が、かろうじて救われ、生き長らえたことのように。

10/28/2024, 12:17:19 PM

観客のまばらな映画館だった。
古い映画のリバイバル上映。
公開当時はかなり人を集めた映画だったが、日々新しい作品は作られる。
撮影技術や演出も古臭くなり、出演している俳優もその名前を知る人は少なくなり、それでも名作とされているが故に何度目かのリバイバルとなる。
私はシートに身を沈め、聞き覚えのあるセリフ達を、聞くともなしに聞いている。

…いつの間にか眠ってしまったようだ。
映画は続いている。
このシーンもよく覚えている。
主役の少年の恩師でもある高校時代の担任が、校舎の屋上から大きく手を振るシーン。
大声を張り上げて、校庭の生徒達に別れを告げている…はずだが、声が聞こえない。
あれ?音響設備の不具合かな。
客が少ないからって、このまま上映を続けるつもりじゃないだろうな。
そう思って周りを見回すと、観客は誰もいない。
数人はいたはずだが…眠ってる間に出ていったのか?

スクリーンに目を戻すと、件の担任教師が、校舎の屋上から飛び降りるところだった。
…いや待て。こんなシーンは無かったぞ?
もう何度もこの映画は観てる。
こんなショッキングなシーンがあったら忘れるはずがない。
卒業してゆく生徒達に向かって、担任の先生が「頑張れよ!」とエールを送る感動的な場面のはずだ。
カメラは、落下してゆく教師を追いかけ、耳を塞ぎたくなるような音を立てて、地面に叩きつけられる瞬間を映していた。

「こんな映画じゃなかったですよね」
突然、背後から声をかけられ、慌てて振り返る。
さっきまで誰もいなかったはずの真後ろの席に、男が座っている。
暗がりの中で目を凝らすと、それは、スクリーンの中で校舎から飛び降りた担任教師だった。
いや…教師役の俳優と言うべきか。
「私も反対したんですがね。こんな脚本は良くないと。監督がどうしても聞き入れてくれなくてね」

状況が分からない。
何が起きているのか…この暗がりの中で…スクリーンにはエンドロール。
「この中に、私の名前、見つけられますか?」
この役者の名前…確かに、覚えていない。
「どんどん忘れ去られてゆくんですよ、私達は。単なるお芝居の中の登場人物として、存在していないものとして」
何の…話だ?闇が濃くなってゆく。
出口は…どこだ?

エンドロールが終わり、暗転。
しばらくして、照明が灯る。
後ろの席には、誰もいない。
だが、周りの席にはちらほらと観客が座っている。
元に…戻った。
何だったんだ、今のは。
映画の途中で眠ってしまって、夢を見たのだろうか。
それ以外に考えられない。
あの教師が地面に叩きつけられる音が、耳に残されている。
そんなシーンは無かったはずなのに。

映画館を出て、スマホであの役者を調べる。
…数年前に亡くなっていた。
そして、今日が命日だという。
死因は明かされていなかったが、あの音が耳から離れない。
そういえば、こんな名前の役者だったな。
「名前、覚えたよ…いや、待てよ」
映画のタイトルで検索して、彼が演じた教師の役名を調べる。
「覚えておいて欲しかったのは、こっちの名前なのかもしれないな」

あの、全身全霊で演じた、彼の代表作。
また、リバイバル上映されることがあるなら、きっと観に来るだろう。
彼の熱演が、忘れ去られることのないように。
人々の記憶の中で、葬り去られることのないように。

10/27/2024, 1:06:03 PM

ジャズが流れる喫茶店。
漂う珈琲の香り。
窓際のテーブル席に座る二人。
静かに、別れ話を進めている。

「この店にも、何度も来たよね」
「うん。あなたはいつも珈琲、私は紅茶が多かったかな」
「ここのコーヒー、美味いんだよな。家でこの味は出せない」
「よくそう言ってたね。私もここの紅茶、好きだったな」
「別れたら、この店も来なくなるかな」
「マスターに聞こえたらショック受けちゃうよ」
「常連さん、あんまり多くないからな、この店」
「やめなって」

別れの理由は、要するに性格の不一致。
よくある話だ。
人の性格なんてそれぞれ違うんだから、不一致で当たり前のはずだが、二人は別れてゆく。

「私は来るよ、この店。この後もずっと」
「俺もここのコーヒー好きだからな。たまに来ちゃうかも」
「ちょっと離れた席で見かけたらどうする?なんか気まずいね」
「友達として声をかけたらいいんじゃない?やあ、久し振り、って」
「新しい恋人と一緒だったりしたら?その時は他人のフリだよね」
「新しい恋人とは…この店に来ちゃダメじゃない?喫茶店なんて他にいくらでもあるんだから、他に行けば」

お店にとっては迷惑な話だ。
お客さんが減ってしまう。
いや、そんなことより、この二人にもう会えなくなることの方が寂しい。
私が淹れた珈琲を、心から美味いと言って飲んでくれる彼、それを幸せそうに見つめながら、静かに紅茶を飲む彼女。
私はずっと二人を見てきた。
二人がいつか、家庭を持つ日が来るだろうと勝手に思い描いて。

「新しい恋人なんて、今は考えられないね」
「ホントかよ。案外すぐに誰かとくっついたりして」
「やめてくれる?あなたのそーゆー軽口が…あ、ごめんなさい」
「いや…ほら、お前モテるからさ。きっと、他の男がほっとかないよ」
「うん…ありがと」
「じゃあ、そろそろ出ようか。駅まで送るよ」

二人がテーブル席を離れ、私がいるレジまでやって来る。
静かで、小さな店だ。
聞いてはいけないと思いつつ、耳に入ってしまう話もある。
いつものように、彼がレジの前に立ち、お会計を済ませた。

「ごちそうさまでした。相変わらず、コーヒー美味かったです」
「そうですか。それは良かった」
「また来ますね。それじゃ」

いつもなら、彼の後ろを一礼して通り過ぎる彼女が、レジの前で立ち止まって、

「紅茶も美味しかったです…ずっと」
「そうですか。また来てくださいね」
「はい。必ず来ます」

彼と一緒に、と言いたかったが、そんなことを言える立場ではないことも分かってる。
私は、この二人の人生のほんの一部、すれ違う程度の関わりしか持っていない。
これ以上、何も言えるわけがない。

「あの、このお店の香りって、ほとんど珈琲のものなんですかね。すごく好きなんですけど」
「いえいえ、うちは珈琲とともに、紅茶の香りも楽しんでいただけるお店です。このふたつが混ざり合うとね、さらにイイ香りが生まれるんですよ。ライバルのようで、恋人のようで、友達のようで」

彼女は薄く微笑むと、「ごちそうさまでした」と言い残して、店を出ていった。

そしてその後、彼らの姿を見ることはなかった。

10/26/2024, 2:52:44 PM

恋の呪文はスキトキメキトキス。
愛の言葉はfeelslikeimfallinginlove.
なんかよく分からんけど、人は人を好きになるね。
それは、「ああ、あのコ可愛いー触りたいー」ってのとは違うのか?
推しを追っかけて、一人のアイドルに何万人ものファンがキャーキャー言うのとは違うのか?
ずっと一緒に過ごした幼馴染の女の子が、別の男と結婚することになって、「幸せになれよ」と願うのとは違うのか?

愛の言葉を考えてみた。
「あい」から始まる五十音。
そして、Iは私。
人と出愛、深く知り愛、愛し愛、ぶつかり愛、憎しみ愛、愛手との悲愛の別れを迎える。
すべては愛だ。
愛の為せる業だ。
人間って凄いな。
動物達よ、そこに愛はあるんか?

突っ走ってみる。
恋愛映画とかラブソングとかは好きじゃない。
愛は自分で試すもんだと思ってるから。
他人の恋愛事情に興味はないから。
そして、恋愛映画では泣けない。
どんなに悲しい失恋が描かれてても。
早く次の人見つけろよ。そうアドバイスしたくなる。

でも愛は、人類にとっての愛は大切だ。
隣人を愛すように隣国を愛せば、戦争なんか起こらない。
世界は繋がってゆくんだから。
海を越えて地球を一周するんだから。
そんな夢のような世界も、愛をもってすれば可能だ。
だから愛言葉は、
「世界は狭い、世界は同じ、世界は丸い、ただひとつ」
これだよね。

今日は娘がディズニーランド。
「It's a Small World」は休止してるみたいだけど、十分楽しめたかな。
仕事終わりの帰り道、駅で待ち合わせしよう。
駅から家までのほんの10分ほど、楽しかった思い出を聞かせてもらって、家族の愛と夜は深まりつつ、ついでに世界平和を祈ろう。

「この世界が、愛であふれますように」

10/25/2024, 1:17:37 PM

その日は朝からおかしかった。
まずはいつものようにあいつを迎えに行く。
「おはよ」
「おーはよ、眠いね」
「宿題やった?」
「やるわけない」
登校途中の家で飼ってるドーベルマンが吠えない。
昨日の雨で出来た水たまりに、お前の姿が映ってない。
「あれ?お前、もしかして…死んだ?」
「え?何言ってんの、今さら」

そーいえば昨日、河原で奇妙な形の箱を見つけた。
開けてみたら、真っ赤なカマキリが入っていて、こちらに鎌を向けてくる。
「カマキリって赤かったっけ?」
「緑じゃなかった?」
「いや、黄色だろ。ドラえもんみたいな色だったよ」
「ドラえもんは青だって」
「ネズミに耳をかじられる前のドラえもんだよ」

カマキリは逃がして、箱は川に流した…はずなのに、道端に落ちているあれは何だ?
「昨日の箱…だな、どー見ても。お前、拾った?」
「拾ってないよ。カマキリは家の庭に埋めたけど」
「赤いカマキリ?」
「カマキリは青だって」

箱を開けたら、黄色いカマキリが入っていて、こちらに鎌を向けてくる。
「なーなんでお前、死んだの?」
「宿題やるの嫌だったから」
「生きてたってやらなかったろ」
「死んだら、やらなくても怒られないだろ」

カマキリは、箱から飛び出して空高く飛んでいった。
箱だけが残ったが、形が奇妙で使い勝手が悪そうなので、昨日の河原に放り投げた。
「なんでお前、死んだのに学校行くの?」
「…あ、死んだら行かなくてもいいのか」
「俺も迎えに行かなくてよかったのに」
「パブロフの犬ってやつだな」
「これ、そーか?」
登校途中の家で飼ってるドーベルマンが吠えるのも、パブロフの犬としての習性だろう。
今日は吠えなかったけど、いつもならフサフサの白い毛を逆立てて、俺達に吠えてくるんだ。

「ところでさ、俺達って、いつから友達だったんだっけ?」
「さあ…友達だったかな」
「違うのか?」
「今朝初めて迎えに来ただろ。昨日だって偶然河原で会って、あの変な箱見つけたから二人で盛り上がったけどさ」
「そーだっけ?じゃあ、俺が迎えに行ったのはパブロフじゃないじゃん」
「だいたいお前、イジメられっ子で友達なんていないだろ。まあ、イジメを苦に自殺した俺が言えたもんでもないけど。生前会ったことないもんな」
「…そっか。あの河原で、川に浮いてるお前を見つけたんだった。その後あの箱を見つけて…あれ?どこで間違えたのかな?」
「何を間違えたんだ?」
「死んだ友達と一緒に学校行けないだろ。行っちゃダメだろ」
「だから、友達じゃないって」

学校は静まり返っていた。
教室には誰もいなくて、お前の机の上にはあの箱が置かれていた。
「宿題、やらなくても平気だったみたいだな。助かった」
「そーゆー問題か?学校まで死んでるぞ」
「この箱のせいかな。河原に捨てたはずだもんな」
「カマキリは入ってんのか?今度は何色だ?」
「いや…中から声が聞こえる。人間の声だ」
「ホントだ。…これ、俺達をイジメてたあいつらの声だな」

校庭で箱を燃やした。
俺達二人。他には誰もいない校庭。
「さて、どーする?」
「さあ…俺達の力じゃどーにもならないことが起きてるみたいだしな」
「諦めが早いな」
「だからイジメられんのかな…でも、人生なんてこんなもんだよ」
「もう、終わってるけどな、人生」

チャイムが鳴る。
俺達は慌てて校舎に戻る。
「パブロフの犬ってやつだな」
二人で笑った。

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