Ryu

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ジャズが流れる喫茶店。
漂う珈琲の香り。
窓際のテーブル席に座る二人。
静かに、別れ話を進めている。

「この店にも、何度も来たよね」
「うん。あなたはいつも珈琲、私は紅茶が多かったかな」
「ここのコーヒー、美味いんだよな。家でこの味は出せない」
「よくそう言ってたね。私もここの紅茶、好きだったな」
「別れたら、この店も来なくなるかな」
「マスターに聞こえたらショック受けちゃうよ」
「常連さん、あんまり多くないからな、この店」
「やめなって」

別れの理由は、要するに性格の不一致。
よくある話だ。
人の性格なんてそれぞれ違うんだから、不一致で当たり前のはずだが、二人は別れてゆく。

「私は来るよ、この店。この後もずっと」
「俺もここのコーヒー好きだからな。たまに来ちゃうかも」
「ちょっと離れた席で見かけたらどうする?なんか気まずいね」
「友達として声をかけたらいいんじゃない?やあ、久し振り、って」
「新しい恋人と一緒だったりしたら?その時は他人のフリだよね」
「新しい恋人とは…この店に来ちゃダメじゃない?喫茶店なんて他にいくらでもあるんだから、他に行けば」

お店にとっては迷惑な話だ。
お客さんが減ってしまう。
いや、そんなことより、この二人にもう会えなくなることの方が寂しい。
私が淹れた珈琲を、心から美味いと言って飲んでくれる彼、それを幸せそうに見つめながら、静かに紅茶を飲む彼女。
私はずっと二人を見てきた。
二人がいつか、家庭を持つ日が来るだろうと勝手に思い描いて。

「新しい恋人なんて、今は考えられないね」
「ホントかよ。案外すぐに誰かとくっついたりして」
「やめてくれる?あなたのそーゆー軽口が…あ、ごめんなさい」
「いや…ほら、お前モテるからさ。きっと、他の男がほっとかないよ」
「うん…ありがと」
「じゃあ、そろそろ出ようか。駅まで送るよ」

二人がテーブル席を離れ、私がいるレジまでやって来る。
静かで、小さな店だ。
聞いてはいけないと思いつつ、耳に入ってしまう話もある。
いつものように、彼がレジの前に立ち、お会計を済ませた。

「ごちそうさまでした。相変わらず、コーヒー美味かったです」
「そうですか。それは良かった」
「また来ますね。それじゃ」

いつもなら、彼の後ろを一礼して通り過ぎる彼女が、レジの前で立ち止まって、

「紅茶も美味しかったです…ずっと」
「そうですか。また来てくださいね」
「はい。必ず来ます」

彼と一緒に、と言いたかったが、そんなことを言える立場ではないことも分かってる。
私は、この二人の人生のほんの一部、すれ違う程度の関わりしか持っていない。
これ以上、何も言えるわけがない。

「あの、このお店の香りって、ほとんど珈琲のものなんですかね。すごく好きなんですけど」
「いえいえ、うちは珈琲とともに、紅茶の香りも楽しんでいただけるお店です。このふたつが混ざり合うとね、さらにイイ香りが生まれるんですよ。ライバルのようで、恋人のようで、友達のようで」

彼女は薄く微笑むと、「ごちそうさまでした」と言い残して、店を出ていった。

そしてその後、彼らの姿を見ることはなかった。

10/27/2024, 1:06:03 PM