その日は朝からおかしかった。
まずはいつものようにあいつを迎えに行く。
「おはよ」
「おーはよ、眠いね」
「宿題やった?」
「やるわけない」
登校途中の家で飼ってるドーベルマンが吠えない。
昨日の雨で出来た水たまりに、お前の姿が映ってない。
「あれ?お前、もしかして…死んだ?」
「え?何言ってんの、今さら」
そーいえば昨日、河原で奇妙な形の箱を見つけた。
開けてみたら、真っ赤なカマキリが入っていて、こちらに鎌を向けてくる。
「カマキリって赤かったっけ?」
「緑じゃなかった?」
「いや、黄色だろ。ドラえもんみたいな色だったよ」
「ドラえもんは青だって」
「ネズミに耳をかじられる前のドラえもんだよ」
カマキリは逃がして、箱は川に流した…はずなのに、道端に落ちているあれは何だ?
「昨日の箱…だな、どー見ても。お前、拾った?」
「拾ってないよ。カマキリは家の庭に埋めたけど」
「赤いカマキリ?」
「カマキリは青だって」
箱を開けたら、黄色いカマキリが入っていて、こちらに鎌を向けてくる。
「なーなんでお前、死んだの?」
「宿題やるの嫌だったから」
「生きてたってやらなかったろ」
「死んだら、やらなくても怒られないだろ」
カマキリは、箱から飛び出して空高く飛んでいった。
箱だけが残ったが、形が奇妙で使い勝手が悪そうなので、昨日の河原に放り投げた。
「なんでお前、死んだのに学校行くの?」
「…あ、死んだら行かなくてもいいのか」
「俺も迎えに行かなくてよかったのに」
「パブロフの犬ってやつだな」
「これ、そーか?」
登校途中の家で飼ってるドーベルマンが吠えるのも、パブロフの犬としての習性だろう。
今日は吠えなかったけど、いつもならフサフサの白い毛を逆立てて、俺達に吠えてくるんだ。
「ところでさ、俺達って、いつから友達だったんだっけ?」
「さあ…友達だったかな」
「違うのか?」
「今朝初めて迎えに来ただろ。昨日だって偶然河原で会って、あの変な箱見つけたから二人で盛り上がったけどさ」
「そーだっけ?じゃあ、俺が迎えに行ったのはパブロフじゃないじゃん」
「だいたいお前、イジメられっ子で友達なんていないだろ。まあ、イジメを苦に自殺した俺が言えたもんでもないけど。生前会ったことないもんな」
「…そっか。あの河原で、川に浮いてるお前を見つけたんだった。その後あの箱を見つけて…あれ?どこで間違えたのかな?」
「何を間違えたんだ?」
「死んだ友達と一緒に学校行けないだろ。行っちゃダメだろ」
「だから、友達じゃないって」
学校は静まり返っていた。
教室には誰もいなくて、お前の机の上にはあの箱が置かれていた。
「宿題、やらなくても平気だったみたいだな。助かった」
「そーゆー問題か?学校まで死んでるぞ」
「この箱のせいかな。河原に捨てたはずだもんな」
「カマキリは入ってんのか?今度は何色だ?」
「いや…中から声が聞こえる。人間の声だ」
「ホントだ。…これ、俺達をイジメてたあいつらの声だな」
校庭で箱を燃やした。
俺達二人。他には誰もいない校庭。
「さて、どーする?」
「さあ…俺達の力じゃどーにもならないことが起きてるみたいだしな」
「諦めが早いな」
「だからイジメられんのかな…でも、人生なんてこんなもんだよ」
「もう、終わってるけどな、人生」
チャイムが鳴る。
俺達は慌てて校舎に戻る。
「パブロフの犬ってやつだな」
二人で笑った。
10/25/2024, 1:17:37 PM