カーテンの隙間から、やわらかな光が差し込む。
世界が終わっても、いつも通りの朝は来る。
…いや、この営みが続いているうちは、世界は存続していることになるのかな。
いずれにせよ、のどかな朝だ。
鳥のさえずりさえ聞こえないけれど。
20XX年。地球は滅亡の一途を辿る。
原因は世界規模のパンデミック。
コロナの比じゃなかった。
人類はその数を減らし、文明はみるみるうちに廃れてゆく。
都内の電車は動きを止め、オフィス街からはスーツ姿が消えていった。
スクランブル交差点を野良犬が群れをなして、我が物顔に渡ってゆく。
カーテンを開けると、暖かくやわらかな光がこの身を包んだ。
生きている。その実感が湧いてくる。
窓の外には、眼下に広がる人気の消えた街。
こんな感じで世界が黄昏てゆくが、生き残った人達はそこかしこにいて、かろうじて繋がっているライフラインを希望に、日々を生き長らえている。
君からのLINE電話。
「どーしてる?」
「どーもしてないよ。日なたぼっこかな」
「もーしょーがないよね。やることないもんね」
「今日、配給があるみたいだよ。そっちはどう?」
「うちの方は昨日あった。なかなか豪華だったよ」
「ホントに?お腹空いてさ。コンビニ漁りに行こうかと思ってたところ」
「やめた方がいいよ。感染源が疑われてるらしいから」
コンビニのおにぎりが感染源だと騒がれたのも今は昔。
お店は営業をやめ、野良犬や不届き者が根こそぎ商品を奪っていって、ほとんど何も残されてはいない。
それでも、バックルームには未だ商品ストックがあるんじゃないかと淡い期待を抱いている。
まあ、配給が貰えるんなら、泥棒の真似事をする必要もないか。
出来ることなら、こんな世界に生きても、清廉潔白でいたい。
「明日、遊びに行ってもいいかな?」
「いいよ。何のお構いも出来ませんけど」
「君がいればいいよ。他には何もいらない」
「あれ?ずいぶんくすぐったいこと言ってくるね」
「そっちの配給、豪華なんだろ?僕もそっちに住もうかな」
「もしかしたら、そっちの方が豪華かもよ。そしたら、私がそっちに行こうかな。高台に住むの、憧れだったんだよね」
「いつでもどうぞ。妹が使ってた部屋、空いてるから」
「…妹さんの代わりにはなれないけどね」
ツライ出来事もあったけど、今日の空気は温かい。
僕たちはこの世界で、今までと違う人生を送ることになるだろう。
すべてをやり直して、新しい世界を築いてゆく。
君となら出来る気がするんだ。
やわらかな光に包まれたこの部屋に、君を招き入れることから始めよう。
「探偵さん、犯人が分かったんですか?」
「えーと、犯人は彼ですね、きっと」
「…きっと?断定はされないんですか?」
「いや、状況証拠はそれを物語ってるんですけど、私はその時、現場にいなかったんで」
「それはそーですけど、ここであなたに犯人を名指ししてもらわないと、この事件が解決しないじゃないですか」
「名指ししてるじゃないですか。犯人は彼ですよ、たぶん。あとは警察にお任せします」
「…それじゃ、あなたは何のためにここへ?」
「探偵ですから、推理をするためです。推理、しましたよね?犯人はおそらく彼です」
警察は彼の推理を参考に捜査を進めた。
結果、犯人と名指しされた男には、事件当時、完璧なアリバイがあることが分かった。
「違いましたか。それじゃ…彼女ですかね、もしかすると」
「探偵さん、勘弁してくださいよ。前回の彼にはアリバイがあったじゃないですか。状況証拠が物語ってるって…」
「状況証拠というか、状況を見て私が推理した結果、です。事件当時、私は現場にいなかったので、彼が他の場所にいたという事実は知りません」
「いやいや、事件関係者に話は聞くでしょ。それぞれのアリバイだって確認するはずでは?」
「本人にアリバイなんて聞いたって、嘘つかれたら終わりじゃないですか。犯人が本当のこと言います?」
「いや…それが本当か嘘かを調べるのも、あなたの仕事では?」
「そんなの分かんないですよ。こんな雪山の別荘で、監視カメラもなければ人の目もほとんどない。どうやって調べろと言うんです?」
「そんな状況だからこそ、探偵のあなたを呼んだのに…まあいいです、それで、彼女が犯人だと?」
「ええ、私の推理が正しければ」
「それが一番不安なんですが…でも、彼女は目が不自由で、介護がないと階段を下りることすら危険なんですよ」
「え?そーなんですか?じゃあ違いますね」
「勘弁してくださいよ…」
古い洋館。資産家の別荘だったが、その主が何者かに殺された。
「そーいえば探偵さん、知ってます?この洋館、ご主人が亡くなってしまったので、売りに出すらしいですよ。しかも、かなりの破格で」
「なんですと?本当ですか?」
彼の表情が生き生きとしてきた。
事件の犯人探しの時には見られなかった熱心さで、屋敷内のあらゆるところを見回している。
まるで探偵のような、鋭い眼差しで。
夏は終わり、電車の中は、白いサラリーマンが黒いサラリーマンにコスチェンジしていく。
人の命まで奪いかねなかった灼熱地獄はどこへやら。
肌寒い風が吹き抜け、職場までの道のりがすでに冬めいている。
これからもっともっと、空を高く高く感じることだろう。
高気圧の影響で空気が澄みきっているからだろうけど、それにつられて心まで澄みきる季節がやってくる。
まさにちょっとココロオドル季節。
たぶん私は、人一倍暑がりで、人一倍寒さには強いから。
あとは、気温とともに懐が寒くならないことを願う。
そのためにも、今後も株価は高く高く、天井知らずで上がっていってほしい。
給料はまあ、限界が見えてるし。
これから、新しいスマホやPCや車が欲しいから、世界情勢も我が暮らしも、安定した状態を求む。
そんなどーでもいい個人事情でお茶を濁しつつ、欲しいものを手に入れるための志しだけは高く高く、その高みを目指して日々努力していこう。
いや…株価頼みだったりするが。
それでも、ギャンブルにドハマっていた頃を思えば、よっぽど生産性のある行為だと…信じている。
気持ちのイイ季節の話に戻そう。
清々しく澄みきった高い高い空を感じる秋を過ぎれば、その後は冷たい冬の時代が来る。
凍えるような物価高。
すべてのものが高く高く、身体を冷やし肝を冷やして、我々の生活はどうなっていくんだろう。
あれ…?話が戻ってない…。
仕事が終わったら、子供のように自由に過ごしたい。
飲み会なんか大っ嫌いだ。
上司の相手しながら飲む酒なんてクソ不味い。
酔っ払って、くだらない話でバカみたいに笑うおっさんや、ここぞとばかりに女の子にちょっかいを出すおっさんや、道路で吐いて動けなくなって寝転がるおっさんや、道行く人に喧嘩ふっかけて返り討ちされるおっさんにはなりたくない。
都内にはそんなおっさんがあふれてる。
俺もおっさんだが、お酒の力で自由を手に入れたと勘違いするような大人にはなりたくない。
あんなもの飲まなくたって、俺は俺らしく楽しく生きてるし、我を忘れて他人に迷惑をかけているつもりもない。
子供は、お酒を飲まなくても周りの人に迷惑をかけることがあるが、それを嗜める両親や先生がいる。
大人は自己判断でやりたい放題じゃないか。
たちが悪い。
何でも知ったような顔して、他人の気持ちも思いやれない大人の振る舞い。
なまじ長く生きてるから、このくらい許されるだろうと傍若無人な振る舞い。
そして、咎められても謝り方を知らないおっさん達。
子供の方がまだ素直に謝ってくれる。
体だけ年老いても、心の成長は追いついてくれないんだな。
そんなおっさんの俺だが、気が付いたらおっさんだった訳で、なりたくてなった訳じゃないんだよ。
どんなイケメンだっておっさんになる。
頭ん中は純真無垢ならぬ純真無知のまま、衰えて老いさらばえて、子供のように無邪気に笑うことも出来なくなって、お酒を飲むくらいしか楽しみがなくなって。
おっさんはおっさんで大変なんだよな。
おっさんならではの悲哀に満ちたドラマ。
それは、おっさんがおっさんたる所以で、おっさんにしか開けないパンドラの箱ってのがあるんだろう。
さて、ラストスパートで頑張ってみたが、「おっさん」を何回使えただろう。
「おっさん」だらけの文章を作ってみたかった、ただそれだけ。
子供のように、無邪気な心で。
物語は前回より続く。
放課後、結局愛しのあのコとは、校舎裏で会うことになった。
いきなり二人で肩を並べて帰るのには、本当に抵抗があったらしい。
まあ確かに、それは僕も異論が無かったので、第二校舎裏の祠の前であのコを待つ。
夕暮れ時。秋になって日が落ちるのも早くなった。
薄暗い校舎裏。ひっそりと佇む小さな祠。
不意に、背後から声をかけられた。
「誰かと待ち合わせ?」
振り返ると、同い年くらいの女の子が立っている。
いつからそこに?これは…もしかしてあれか?
女の子の幽霊の噂を思い出す。
いや…でも…こんなに可愛いコだとは…。
「君は…こんなところで何してるの?」
「質問に質問で返さないでよ。私はここが好きなの。だからよくここに来る。それだけ」
…どーとでも取れる回答。
とはいえ、彼女は生身の人間にしか見えない。
「僕は友達を待ってる。だけどここ、幽霊の噂があるの知ってる?」
「知ってるよ。皆でしてるよね、私の噂」
「え…!」
答えは出た。いや待て、このコも僕をからかってるんじゃ…。
もう、何を信じていいのか分からない。
女の子は男をからかって生きる生き物なのか?
幽霊になってもその性質は変わらないのか?
それにしても彼女、可愛すぎる。
「き、君は、あの、彼氏とかいるの?」
混乱している。それを理由に聞きたいことを聞く。
「どーしてそうなるの?幽霊に彼氏なんている訳ないじゃない」
もっと混乱する。でも、心のどこかでチャンスだと叫ぶ自分がいる。
「ゆ、幽霊だって、恋はしたっていいんじゃない?いや、するべきだよ」
いよいよ混乱を極めてきて、僕の頭の中には、母に勧められて観た「ゴースト」という映画のワンシーンが浮かんだ。
二人重なってろくろを回す、あのシーンだ。
僕はもう、幽霊に恋してる。
「何やってんの?」
背後から声をかけられて、慌てて振り向く。
愛しのあのコが立っていた。
「あ、いやあの、この人に道を尋ねられて…」
訳の分からない言い訳をしながら幽霊女子を振り返ると、すでにその姿はなかった。
「この人って?」
「えーと、見えないよね。見えるはずないよ、霊感なんてないんだから。あの映画、ゴーストの二人は、もとから恋人同士だったから触れ合えたんだ。僕には無理だ。きっと君とは付き合えない。残念だけど、君と僕とでは住む世界が違うんだ」
もはや、何が言いたいのかも分からない。
恋は盲目とはよく言ったもんだ。
「あ、そう。別にいいけど。からかいついでに寄っただけだから。じゃあ私、帰るね」
そう言って、あのコが僕に背中を向けて去っていった。
引き止める気持ちも起きない。
僕はどうしてしまったんだろう。
夕暮れの校舎裏。静まり返った祠の前にポツンと取り残されて、僕はあの幽霊少女の笑顔を思い出していた。
…笑顔?笑顔なんて見たっけ?すでに過剰妄想が始まっているのか。
もう、家に帰ろう。
…一週間後、学校の写生大会で表彰された絵の中に、「祠と少年」というタイトルの作品があった。
絵の中の少年は祠に背を向けて、その背中はどこか希望に満ちている。
廊下の壁に貼られたその絵の右下に、クラスと女の子の名前が書いてあった。
女の子は男をからかって生きる生き物らしい。
今の僕の背中は、この絵よりも一層希望に満ちているはずだ。