昨夜、彼女と電話で大喧嘩した。
次の日の朝、彼女から届いたLINEには、
「あなたを殺してあげる」
目を疑ったが、間違いなく彼女からだ。
彼女と約束していた週末の旅行が、僕の仕事で行けなくなった。
早朝からの仕事で、断れそうにない。
彼女は昨夜の電話で、
「そんな仕事、誰かに代わってもらうか、午前中のうちに終わらせるとか、出来ないの?」
とか言ってきた。
無理言わないでくれ。
それじゃなくても僕は、朝が弱くて、起きられるかも心配なのに。
続けて彼女からのLINE。
「どんな方法がいい?」
そんなの、僕に決めさせないでくれ。
彼女がこんなにクールな殺し屋だったとは。
殺人予告も板に付いて、一介のOLとは思えない。
その後の彼女からのLINEは怖くて開けなかった。
いくつか届いていたが、自分の殺され方を描写しているようなメッセージなど読んでいられない。
仕事を断って彼女と旅行に行こうか。
いやいや、殺し屋の彼女とこれからも付き合っていけるのか?
一方彼女は、途中から既読が付かない彼へのLINEに、少し焦りを感じていた。
「打ち間違えたの。殺してあげる、じゃなくて、あなたを起こしてあげる、ね。モーニングコールでも、前の夜から泊まりに行ってもいいし。方法はあなたが決めて。…ねえ、既読が付かないんだけど、大丈夫?」
君は、不完全な僕を支えてくれる不完全なパートナー。
不完全同士だから、お互いの役割を持ってお互いを支え合える。
お互いに感謝して、お互いを信頼し合える。
必要とされる喜びは、何物にも代えがたい。
今日の失敗は明日を乗り切る糧となる。
失敗した数だけ、経験値が上がるから強くなれる。
完璧に仕事をこなすあの人だって、過去には何度も失敗して勇者となったのかもしれない。
最初から完全な人なんていないから。
不完全なら不完全なりに、幸せの感じ方ってのがある。
少しずつ、日々積み上げてゆく人生への期待だ。
出来なかったことが出来るようになる、
これは、最初から出来る人には味わえない喜びだ。
自転車だって、逆上がりだって、一人飯だって、出来なかった時代の自分がいるから、達成感を手に入れられる。
自分の足りない部分を攻撃する輩がいるなら、そいつには決定的に足りないものがある。
思いやりとか優しさとか、本来人間にとって標準装備されているはずの一番大切なものだ。
でもまあ、そいつも例に漏れず不完全な人間だから、不完全同士、大目に見てあげよう。
不完全な人達で溢れる電車に乗って、不完全な人達が集う職場で働いて、不完全な家族が待つ我が家へと帰る。
不完全な世界が愛おしくなるほど、誰もが精一杯生きている。
不完全だから。
伸びしろがたくさんあるから。
終始無敵モードのマリオなんて、きっと五分で飽きるから。
街の雑踏に紛れて、あなたを見失った。
あなただけは特別だったのに。
他の誰かと混ざり合うことなんてないと思ってたのに。
そして、私との繋がりは決して断ち切れないものだったはずなのに。
野良犬のように、あなたの香りを求めて彷徨う。
この街の何処かで、きっとあなたも私を探している。
街行く人の好奇の目に晒されながら、あなたを探して叫び続ける。
あなたと家に帰りたい。
「ツン!」
あなたが私の名前を呼んだ。
人混みをかき分けて、あなたが走ってくる。
ああ、あの重そうな体。見慣れた浴衣姿。
私を探して走り回ったのだろう、汗だくの体から、私にだけ分かるあなたの香りが漂ってくる。
それはあなたの香水。私にとっての。
あなたと再会し、私達はまた繋がれる。
二度と断ち切れることのない、硬い石の縄で。
上野と薩摩を結ぶ、この一本のリードで。
ダメだったんだね。
無理に話さなくてもいいよ。
一番ツライのは君だから。
慰めの言葉なんて、何の役にも立たないから。
だから僕も、何も言わないよ。
君が自分の中で、答えを見つけて欲しい。
どうしてダメだったのか。
ダメだったなら、どうしたいのか。
そうするためには、僕の力は必要なのか。
必要ないなら言葉はいらない、ただ…僕のもとに帰ってきてくれれば、それでいい。
ダメだったんだよ。
あんなに頑張ったのに。
こんなにツライとは思わなかった。
君の優しさは、今の僕には棘のように突き刺さるんだ。
だから君は、いつものままでいて。
言葉はいらない、ただ…そこにいてくれるだけでいい。
いつものままで、同じ時を過ごしてくれればいい。
きっと痛みはやがて薄れてゆく。
時間が解決してくれる。
だけど、君がいなくちゃダメなんだ。
いてくれるだけで、世界は居心地のイイ場所に変わるから。
二人ともダメでもさ、美味いラーメンでも食べに行こうよ。
もちろん僕が奢るから。
そしてもう一度、やってみるパワーを手に入れよう。
僕達には生きてる限り、次のチャンスが与えられる。
どうしてもダメなら、諦めて新しいチャレンジに変えてしまったっていい。
言葉はいらないけどね、いつだって心の中では言わせてもらってるよ。
「頑張って、頑張るよ、頑張ろう、僕も君も皆も」
油断していた。
隠すべきものを隠す余裕がなかった。
突然扉を開けられ、マゴつくままにすべてを見透かされた。
お手上げだ。
突然の君の訪問。
いや、突撃といってもいい。
もう少し秘密にしておきたかった。
心の扉を閉めたまま、ニヒルな自分を演じていたかったのに。
「君が好きだよ」
そんなセリフを土産に突撃されたら、ニヒルなまんまでいられる訳がない。
そもそも、ニヒルって何なんだ?
心の中は、アヒルみたいに羽をバタバタさせて騒いでる。
扉は全開。だって君ならウェルカム。
もう、ニヒルは捨てました。
今度は、君の心にお邪魔いたします。
「俺も好きです」
のお土産持ってね。