Ryu

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8/18/2024, 12:52:30 PM

噂では、その廃墟ビルの二階の廊下に、姿見ほどの大きさの鏡があって、深夜その前に立つと、背後に女性の霊が現れるという。
駆け出しの心霊YouTuberの俺は、この話に飛びついた。
早速、現場に向かう。

深夜二時。静まり返った廃墟ビル。
二階の廊下を探索すると、鏡はすぐに見つかった。
「これか…」
雰囲気を出すために、目を閉じてカメラを回しながら鏡の前に立ち、せーので目を開けることにした。
撮れ高が欲しいの半分、見てしまったらどうしようが半分。

覚悟を決めて、せーの、で目を開ける。
暗闇に目が慣れてくると、自分の姿がぼんやりと見えてきて、その右肩の上辺りに、明らかに女性の顔があることに気付く。
こちらを見て…微笑んでいる。
カメラにしっかりと収めたのを確認して、ダッシュで逃げた。

後日、動画をアップするとかなり反響があったが、この女性の顔を知っている気がする、というコメントがいくつかあり、もう一度、明るい時間に確認してきて欲しい、との要望に応えて、真昼の廃墟ビルに侵入して、あの鏡の場所へと向かった。

…あれ?
鏡があった場所の、廊下を挟んで反対側の壁に、大きなポスターが貼ってある。
そこには、ビールを片手に持ったビキニ姿の女性が、満面の笑みでポーズを取っていた。
街でもたまに見かけるポスターで、この女性にも見覚えがある。
…そーゆーことか。
落胆して、鏡の方を振り返る。

…鏡が、無かった。
薄汚れた壁があるばかり。
撤去された?この短期間に?なんでわざわざ鏡だけ?
クエスチョンマークだらけで、SNSに現状を伝える。
すると、以前このビルに凸したことがあるという人からコメントが。

「だって、噂の鏡があるのは三階の廊下だよ」

8/17/2024, 12:43:01 PM

昔の彼女の写真とか、実は捨ててない。
後生大事に隠している訳でもないが、きっと実家の押し入れに眠ってる。
付き合い始めた頃、今の奥さんに訊いたことがある。
「捨ててほしい?」と。
彼女の答えは、「別にどっちでもいい」だった。

もし、自分の中に未練があったなら、捨てていたと思う。
それは、自分をも苦しめることになるから。
だが、自問自答の末、自分の大切な思い出として、残したいと思った。
自分が生きてきた道のりで、共に過ごした人の思い出として。

これをある時、姉貴に話したら、こっぴどく叱られた。
今の彼女が可哀想だと。
了承済みだと言っても、まったく聞く耳を持たなかった。
そんなの、嫌だって言いづらいに決まってる。
人の気持ちがまるで分かってないとまで言われた。
なるほど、俺の気持ちは分かってもらえないんだな。

結局、俺の人生なんだよな。
それを否定する人は、離れていっても仕方がない。
他人の気持ちを慮って、自分の人生の削り取らなければならない理由はあるだろうか。
俺の人生だ。
誰かのために生きていたって、俺の人生なんだ。

こんな思いはあの頃から変わらず、いつまでも捨てられないものとして、心に棲みついている。

8/16/2024, 1:47:00 PM

愚痴を言います。

自分の自慢ばっかして、さらに他人のことを貶めようとする人。

 俺の会社はこうだけど、お前んとこはこうだよな。
 それでよく平気で働けるなーとか思っちゃうよ。
 俺ならすぐやめて、ウチみたいな会社探すけどな。
 だって、耐えられないし。

その人は、今までに何度も転職して、中にはリストラにあって数ヶ月でやめた会社もあった。
今の会社は、やっと少し腰を据えて働ける場所となっているようだが、そんな根無し草のような人に、三十年勤め上げている自分の会社を悪く言われるのは、正直腹が立つ。
腹が立つが、義兄の立場のその人に、露骨に言い返すのは、親戚関係に角が立つ。
そう、私は常識人。

他にも、乗っている車や、好きな俳優まで貶される。
そのくせ、自分が良しと認めているものに対するアピールがウザい。
ほとんどそればっかり言っている。
皆が集まる食卓の席でも、空気も読めずにその話題をぶっ込んでくる。
またその話?と思われてもお構いなしだ。

ここまで言うと、その人はかなり自分に自信を持った人に思えるかもしれないけど、私が思うその人の本質は逆だ。
自分に自信が無いから、人を抑えて自分を上げようとする。
自分一人の身勝手なぶっ込みで、自分のプライドを必死で守ろうとしている。
そう、情けないだけの、誇らしさの欠片もない人なんだろなと。

はい。少し溜飲を下げました。この辺にしとこう。
すべて私の偏見で、世間一般には負け犬の遠吠えに聞こえるのかもしれない。
…いや、何も負けちゃいないが。
でもまあ、本人に真っ向から意見出来ない時点で負け犬なのかな。
ここでこうして愚痴を言っている時点で。

世の中、自分が正しいと思い込んでる人間ほど厄介だ。
それは今の私であり、私を貶める彼の人であり、これを読んでいるすべての人でもあったり。
自分に誇らしさを持って、意気揚々と過ごしているすべての人に当てはまる。
さて、どーするか。

他人の誇りを尊重できる自分に、誇りを持とう。
誰もが正しさを持っていて、その形には違いがあることを認めよう。
そしてその正しさを、他人の物差しで測ることも測らせることもやめにしよう。

この世界には、目盛りの違う物差しが約82億個あるんだから。

8/15/2024, 12:07:31 PM

それは怖い。
夜の海は怖いよ。
彼は言った。

何か、怖い目にあったことがあるの?
私の質問に、彼は遠い目で話し始める。

幼い頃、夜の10時頃かな、父が突然、
「海を見に行こう」
と言い出したんだ。
母は、こんな時間に?と困惑していた。

真っ暗な海辺の道に車を止めて、砂浜を三人で歩いた。
波の音が巨大な生物の咆哮のように、夜の大気を震わせ辺り一帯に響き渡る。
父は、何も言わずに波打ち際まで来ると、静かに海の向こうを指差した。
「…行ってみるか?」
「…え?」

そして父は歩き出す。波に逆らい、海に入ってゆく。
「ちょっと、待って」
父の足に縋りついた。だが、力では勝てない。
手首を掴まれ、振り返ると、母が思わぬ力で私の腕を引いて、海へと引きずり込んでゆく。
「離して、母さん」
深い方へ、暗い方へ。どうすることも出来ない。

その時。
強い力で肩を掴まれ、引っ張られ、砂浜に引き戻された。
「何やってるんだ!」
…見知らぬ男の人。
懐中電灯を持って、私の顔を照らしながら、
「こんな時間にこんな小さな子が…親はいるのか?」
聞かれたが、答えられない。
海はどこまでも暗く、私達二人の他に、人の姿は見えなかった。

「何の…話をしてるの?」
「子供の頃の、夜の海での話」
「あなたの…記憶なの?」
「そうだよ。…母さんは覚えてないの?」

8/14/2024, 12:26:10 PM

自転車に乗って、君の住むアパートへ。
週末が来るたびに通った。
アパートの前の長い坂道も、君に会うためなら苦にならなかった。
雨の日も雪の日も、いや、そんな日だからこそ、君に会ってゆっくり話がしたかった。

時が流れ、僕達は夫婦となり、君はアパートを出て、二人で住む新しいマンションに引っ越した。
そこで新たな生活が始まり、車を買い、子供が生まれ、育ち、私達は年老いた。
子供達は自立して家を出ていき、私達はまた、二人だけで住むアパートに引っ越した。

アパートの部屋の窓から、長い坂道が見えた。
その坂道を、一台の自転車が登ってくる。
「なあ、見てみろよ。あの頃の私みたいな青年がいる」
窓際にやって来た君は、私の隣に立ってしばらく坂道の彼を見つめていた。
「この暑さの中をあんなに必死で…もしかしてこのアパートに彼女でもいるのかな」

君は黙って奥の部屋へ。
「何だ、昨夜の喧嘩で機嫌でも悪いのか?いつまでも引きずってるなら、私も本気で言わせてもらうぞ」
君は、懐かしい服に着替えて出てきた。
あの頃の服だ。まだ持っていたなんて。
「おい、なんでそんな格好…おい、どこへ行くんだよ」

ここ何年も、見ることのなかった君の笑顔。
「あの人が会いに来てくれたから…いつも待っているだけだったから…今日は迎えに行くわ」

「えっ…」
君が部屋を出ていく。幸せそうな顔で。
追いかけることも出来ず、窓の外を見下ろすと、自転車に乗って走ってきた青年に、アパートの玄関から飛び出していった女性が駆け寄っていくのが見えた。
自転車の青年は驚いたような顔で立ち止まる。
二人は、坂道の途中で抱き合い、そして、私の方を振り返った。

あの頃の君と僕が、私を見て、微笑んでいた。
…あれから君は、帰ってこない。

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