Ryu

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それは怖い。
夜の海は怖いよ。
彼は言った。

何か、怖い目にあったことがあるの?
私の質問に、彼は遠い目で話し始める。

幼い頃、夜の10時頃かな、父が突然、
「海を見に行こう」
と言い出したんだ。
母は、こんな時間に?と困惑していた。

真っ暗な海辺の道に車を止めて、砂浜を三人で歩いた。
波の音が巨大な生物の咆哮のように、夜の大気を震わせ辺り一帯に響き渡る。
父は、何も言わずに波打ち際まで来ると、静かに海の向こうを指差した。
「…行ってみるか?」
「…え?」

そして父は歩き出す。波に逆らい、海に入ってゆく。
「ちょっと、待って」
父の足に縋りついた。だが、力では勝てない。
手首を掴まれ、振り返ると、母が思わぬ力で私の腕を引いて、海へと引きずり込んでゆく。
「離して、母さん」
深い方へ、暗い方へ。どうすることも出来ない。

その時。
強い力で肩を掴まれ、引っ張られ、砂浜に引き戻された。
「何やってるんだ!」
…見知らぬ男の人。
懐中電灯を持って、私の顔を照らしながら、
「こんな時間にこんな小さな子が…親はいるのか?」
聞かれたが、答えられない。
海はどこまでも暗く、私達二人の他に、人の姿は見えなかった。

「何の…話をしてるの?」
「子供の頃の、夜の海での話」
「あなたの…記憶なの?」
「そうだよ。…母さんは覚えてないの?」

8/15/2024, 12:07:31 PM