自転車に乗って、君の住むアパートへ。
週末が来るたびに通った。
アパートの前の長い坂道も、君に会うためなら苦にならなかった。
雨の日も雪の日も、いや、そんな日だからこそ、君に会ってゆっくり話がしたかった。
時が流れ、僕達は夫婦となり、君はアパートを出て、二人で住む新しいマンションに引っ越した。
そこで新たな生活が始まり、車を買い、子供が生まれ、育ち、私達は年老いた。
子供達は自立して家を出ていき、私達はまた、二人だけで住むアパートに引っ越した。
アパートの部屋の窓から、長い坂道が見えた。
その坂道を、一台の自転車が登ってくる。
「なあ、見てみろよ。あの頃の私みたいな青年がいる」
窓際にやって来た君は、私の隣に立ってしばらく坂道の彼を見つめていた。
「この暑さの中をあんなに必死で…もしかしてこのアパートに彼女でもいるのかな」
君は黙って奥の部屋へ。
「何だ、昨夜の喧嘩で機嫌でも悪いのか?いつまでも引きずってるなら、私も本気で言わせてもらうぞ」
君は、懐かしい服に着替えて出てきた。
あの頃の服だ。まだ持っていたなんて。
「おい、なんでそんな格好…おい、どこへ行くんだよ」
ここ何年も、見ることのなかった君の笑顔。
「あの人が会いに来てくれたから…いつも待っているだけだったから…今日は迎えに行くわ」
「えっ…」
君が部屋を出ていく。幸せそうな顔で。
追いかけることも出来ず、窓の外を見下ろすと、自転車に乗って走ってきた青年に、アパートの玄関から飛び出していった女性が駆け寄っていくのが見えた。
自転車の青年は驚いたような顔で立ち止まる。
二人は、坂道の途中で抱き合い、そして、私の方を振り返った。
あの頃の君と僕が、私を見て、微笑んでいた。
…あれから君は、帰ってこない。
8/14/2024, 12:26:10 PM