雨が降っていた。
普段、通勤に使っているバスで、終点まで向かう。
降りたバス停は海岸沿いだった。
こんな所まで走ってたんだ。知らなかった。
傘をさして砂浜に降りる。
波は高く、遠くの岩場に激しい水しぶきが上がっている。
こんな日に来るべきじゃなかったな。
そもそも、来る必要がなかった場所だ。
突然、仕事が嫌になった。
出勤の途中、バスの中で「このままどこまでも行ってみよう」と思い立った。
よくある感傷行動だ。
バスなら、そんなに遠くまで行くこともない、と踏んでいたが。
我が県に海などない。
バスって県をまたいで運行してるんだっけ?
その辺は詳しくない。
とりあえず、雨をしのげる場所を探したが、海の家なども無く、海岸沿いの通りには住宅がちらほらと。
どこなんだ、ここは?スマホの電波も届いていないようだ。
仕方なく、傘をさしたまま、砂浜に座り込む。
二時間が過ぎた。
なんだか、頭がボーッとしている。
ここは…どこだ?
なんで私はこんなところにいるんだろう。
立ち上がる気力がない。
見ると、砂浜から数本の手が生えていて、私の足首やスーツの裾を掴んでいる。
…ああ、それで動けないのか。
なんだか妙に納得した。
もう、家には帰れないのかな。そんなことを思う。
これが、自分が望んだことなのかどうかも分からない。
ただ、成り行きに任せるのが一番だと、心の声が言っていた。
今までだってずっとそうやって生きてきたから。
「そろそろ帰ろうよ」
背後から、今は亡き妻の声。
座ったまま振り返るが、誰もいない。
だが、遠く離れたバス停に、見覚えのある姿が立っているように…見えた。
掴まれていたすべての手を振り切って、立ち上がり駆け出す。
…バス停には、誰もいなかった。
数分後にやって来たバスに乗って、海辺を後にする。
見知った自分の住む街に戻ってきた頃、職場からたくさんの着信、メールがあったことに気付く。
今日はこのまま家に帰ろう。明日は大変そうだ。
でも、明日を迎えられる自分がいることに感謝しよう。
すべての出来事に意味なんかない。
頭の良いニンゲン達が、後付けで設定したものばかり。
彼らがいなければ、この世界は単なる成り行きで動いていた。
いや、今だってそうだ。
意味があるような雰囲気に騙されてる。
だってさ、失恋したから何だって言うの?
次の恋を探せばいいじゃない。
就職と同じで、ダメなら次に期待すればいいじゃない。
運命の人とか、もう恋は出来ないとか、悲観的になることに何の意味があるの?
時間を無駄にするだけで、意味なんかないと思うよ。
それっぽいドラマの見過ぎじゃないかな。
厄介なのは思い出か。
だけど、思い出は次の恋を邪魔したりはしない。
記憶の中に残っているだけ。
それだって、新しい毎日を生きていれば塗り替えられてゆく。
すぐには次の恋に出会えなくても、それを夢見て送る毎日に塗り替えられてゆく。
すべてが上手くいかなくたっていいじゃない。
それは成り行きなんだから。
上手くいかないなら、いく方法を考えながら日々を楽しく生きよう。
上手くいかなきゃ楽しく生きられないなんて、ハッピーエンドな映画の観過ぎだよね。
結局ニンゲンは、上手くいかなかったことばかり大きく鮮やかに残そうとする。
心とは裏腹に。
大人になった今もずっと消えずに残ってるもんな。
そんなんばっかり。
そいつらはそのままで、これからの行動には影響させずに、次のアクションを起こしてゆく。
そんな風に生きていきたい。
すべては自分への願望、希望。
生き方は人それぞれだから、もしも心に刺さった方がいたら、何かのお役に立てることも期待。
まあ、そうは上手くいかなくたっていい。
蝶よ花よと育てた我が子は、気付いたら大人になってた。
抱っこして公園を散歩していた日々は、もう戻らない。
切ないけど、成長してるってことだもんな。
無事にここまで育ってくれたことに感謝してるし、これからも思うように生きていって欲しい。
蝶のように、花のように、外見の美しさとともに、心のうちまで美しく…いられない時もあるだろう。
人には心があるから、その翳りはきっと外見にも現れる。
だけど、それはお互い様。
そこを認め合って、支え合って、ともに前に進んでゆくパートナーを見つけて欲しい。
…いや、まだいい。
でも、いずれは…いや、まだ当分はいいか。
…ん?もういたりする?
嘘でしょ?…いや、知らんけど。
人生において、最初から決まっていることはひとつだけ。
それは、いつか死ぬということ。
ともすれば忘れて過ごしているけど、この事実だけは変わらない。
人はいつか死んで、この世界から消えてゆく。
すべてのものに別れを告げて。
今、幸せに暮らしているのなら、この事実は認めたくないほどに辛い。
夢を描いて突き進んでいても、心から愛する人と寄り添っていても、それはいつか終わる。
何のために頑張っているのか、何のために人を愛するのか。
すべてが無駄じゃないかとさえ思えてくる。
だけど、きっと人はいつか終わるからこそ、すべてのことに本気になれるんだとも思う。
永遠はきっと苦しい。果てがない世界は恐ろしい。
限りある人生の中で、ゴールがあることだけは把握した時間の中で、何かを成し遂げようとするからこそ、人生に意味が生まれるんだと、思う。
だけど、死にたくはない。
ただ、いずれ終わると思えば、すべての苦境に立ち向かう強さが生まれるんじゃないだろうか。
私はホントに辛い時、「どーせいつか死ぬんだから」の精神で立ち向かう。
そう思えば、大概のことは「まあいっか」になる。
悲観的ではなく、ポジティブな死生観だと思ってる。
投げやりでもなく、だから頑張ろうって気持ちになれる。
どーせいつか死ぬんだから、自分から終わりにしようとも思わない。
死ぬ時期が最初から決まってるとは思わないが、その時が必ず来るのなら、それは自然な運命に任せたい。
死ぬ気になれば何だって出来る。
出来なくたって、最悪は死ぬだけだ。
それ以上はない。
その覚悟さえ持てば、いや、持てなくてもその時は来るのだから、すべて受け入れて生きてゆくよ。
いつだってそう思っている…のだけれど。
照りつける太陽の下、白いボールを追いかける少年達。
土手に座って、少し離れたところで眺めている。
あんな風には、走れなくなったな。
ランナーがホームに滑り込む。
頭から地面に突っ込んでゆく勇気。
昔の自分にはあったのだろうか。
晴れた日は、なんだか得した気分になれる。
青い空、白い雲、そして、照りつける太陽。
これを見上げながら、川沿いを散歩する。
遠く、飛行機が空の海を泳いでゆく。
白く羽を生やして、トビウオみたいだな、なんて考えたら、自然に笑みが溢れてきた。
昨夜、娘とちょっとした言い争いがあった。
娘でも、家族でも、お互いの心の内は見えないから、些細なことで思いが平行線になる。
ずっと一緒にいるから、愛情を育みやすい反面、ぶつかって嫌い合うリスクがいつだって見え隠れしてる。
余計なこと言ったのかな。
帰ったら、もう一度、向かい合ってみようかな。
緑の草いきれ。
太陽の光を反射して、川面がキラキラと輝いてる。
都会の喧騒を忘れられる空間に身を置いて、心が少しだけ柔らかくなったような気がした。
鉄橋を電車が走り抜けてゆく。
たくさんの人達の想いや生活を乗せて。
皆も頑張って。俺もまだまだ頑張るから。
なんて偉そうにエールを飛ばしてたら、なんだか頭がボーッとしてきた。
マズイ。熱中症になる前に帰らなきゃ。
太陽さん、もう少しパワーを弱めてもらえませんか。
すべての人々が、これからも快適に生きていくために。
いろんな苦境が訪れても、乗り越えて進む勇気を持ち続けられるように。