今日という日が、平穏なまま終わることに感謝を。
13年の歳月が、あの日の絶望をほんの少しでも癒やしてくれていますように。
いつかまた、平穏な日常が一瞬にして奪われるような出来事があっても、立ち直り歩き出す強さを、我々が持っていますように。
夕御飯を食べて、お風呂に入って、明日も早いのでもうすぐ寝ます。
今日も私は幸せでした。
いつものように、眠りにつくことが出来るから。
今この時を、家族と過ごすことが出来るから。
ユニセフ募金を、毎月銀行引き落としで続けている。
いつからやってるのかも忘れたし、忘れてしまうほどの金額。
でも、始めた当初は、世界の子供達を救いたい、みたいな野望を持っていた。
そんなん無理だとは分かっちゃいるが。
慎ましい生活の中から、ほんの少しのお金を捻出して世界の子供達へ。
かたや、国家予算の大半を注ぎ込んで、軍事力を強化して、たくさんの戦争孤児を作り出している。
こんなことを続けて、本当に苦しんでいる子供達を救うことが出来るのか、疑問だらけだ。
そして、人間は矛盾だらけ。
「愛と平和」選手権でも開いて、優勝者を世界のトップに据えて欲しい。
もしくは、「愛と平和」検定にパス出来ない指導者は格下げにするとか。
世界のすべての国々でこれが採用になったら、私達の毎日はどんな風に変わるんだろう。
未来を担う子供達がすくすくと大人になり、世界を支えるヒューマンパワーは限りなく膨らんで、地球が抱える諸問題なんかすべて解決してくれたりして。
…まあ、夢物語だが。
そこまでの野望は無いにしても、募金はこのまま続けよう。
何の足しになっているのかも不明だが、そのお金でたった一人でも子供の命が救えるのなら、もうそれは、自分をヒーローと呼んでもいいんじゃないだろうか。
人知れず、愛と平和を守るヒーロー。
ユニセフの名のもとに、今日も世界に救いの手を差し伸べる。
ヒーローだって、かつては子供だった。
守ってくれる存在がいたから、大人になり、子供達を守る存在になった。
どこぞの大統領だって同じはず。
子供だった時代に、たくさんの大人達に守られていたんじゃないだろうか。
自分もそんな大人になりたいと、願うことはなかったのだろうか。
…それとも、国が違えば目を瞑るのか。
すべては救えない。
それどころか、救っている実感もない。
それでも、世界の何処かで起きている現実をスルーすることが出来ないんなら、やれることをやるしかない。
その行動によって、ほんの少しでも世界に愛と平和がもたらされるなら、やるしかない。
…とは言っても、まずは我が子を守れる親でありたい。
思えば、よく笑ったし、よく泣いた。
どっちが多かったかなんて分かりようがないし、分かったところで今さらどーでもいいことだけど、笑って泣いてを繰り返すのが人生、みたいなところもあるから?それだけでもう、人生満喫してるってことかな。
ちなみに、昔から涙もろくてよく泣く。
男は涙を見せぬもの、なんて、まったくその根拠が分からない。
泣きたければ泣いて何が悪い、のスタンス。
強さと涙は関係ないし、感情揺さぶられて流す涙ほど人間らしいものはないと思ってる。
まあ、泣き虫の言い訳だ。
過ぎ去った日々にはいろんな思い出が詰まってて、それは今この時も作られ続けてる。
時の流れを止めることは出来ないから、どんどん過ぎ去ってしまう時間に無情さも感じるけど、この止められない時間のおかげで、どんな絶望の淵にいる人間にも、いつか必ず元の場所に戻ってくる希望を与えてくれる。
時は最大の癒やしだ。
もちろん、その時間を使って、立ち直ろうとする気持ちが必要になるんだろうけど、人間にはその強さがある。
時間さえあれば、きっと立ち直れる。
過ぎ去った日々の中にだけ、存在する人達。
会えない人、会いたい人、会いたくない人、忘れてしまった人。
思えば、ホントにたくさんの人達と関わり合ってきた。
彼らは今頃どこでどうしているのだろうか。
一度は確かに互いの人生に触れ合ったのに、もうこの先出会うことのない人達。
不思議だな。
ホントにあの人達は存在していたのかな。
…なんて思うほど、おぼろげな記憶の中に沈んでいる。
日々は過ぎ去っても、まだこの人生には先があるようだ。
これからも、たくさん笑ってたくさん泣いて、時間に癒やされ、たくさんの新たな人達と出会って、残りの人生を満喫したい。
いつかこれらの日々が、すべて過ぎ去りしものになるまで。
お金より大事なものがあるかどうかなんて、ホント人によりけりなんだろうなと思ってる。
大切な人と撮った写真や動画、もらった手紙など、お金では買えない世界にたったひとつのものを、いくら大金を積まれても手放せない人もいれば、たとえ親の形見であっても、はした金で売り飛ばせる人もいる。
何が一番大切か、その基準が人によって大きく違うんだと思う。
生まれた時から二十年近く住んだ実家が、新築のために取り壊されると聞いて、わざわざ二時間かけて帰郷して、作業を手伝うとともに、その壊されてゆく様子を余すところ無くビデオに録画して、今でも大事に持っている私。
中学の頃、自分の部屋の壁の梁に油性マジックで大きく自分の名前を書いて、親父にこっぴどく叱られた。
その梁がパワーショベルで壊されてゆく。
その様を、切ない思いで見つめながらビデオを回していた。
学生時代の色んな思いが詰まった部屋が、家が、瓦礫と化してゆく。
このビデオは、たとえ震災が起きても持って逃げようと思っている。本気だ。
まあ、家族で撮った思い出のビデオと一緒に、だ。
もう二度と、あの家に、あの部屋に、戻ることは叶わないから。
せめて映像だけでも、残しておきたい。
実家取り壊しの当日、当時結婚して実家から車で10分のところに住んでいた姉が姿を見せない。
いよいよ解体が始まる、というところで電話をして、
「もう今から実家が壊されるけど、来ないの?」
と聞くと、
「え?なんか行く必要ある?人手は足りてるでしょ?」
と返された。
そーゆーことか。
同じ境遇で育って、同じ思い出を共有してるはずの姉貴でさえ、こんなにも思い入れが違う。
そして姉は言った。
「新しい家が建ったら見に行くよ」
…そーですよね。楽しみなのはそっちですよね。
お金より大事なもの。
人によっては、かけがえのない過去の思い出だったり、家族や友達、恋人やペットの猫だったり。
あるいは、お金さえあれば何だって手に入る、と映画の悪役みたいなセリフを吐く人もいるだろう。
でも、大切なのは生きること。
生きてるからこそ、自分にとって何が一番大切か、その答えを模索することが出来る。
その答えは人それぞれだけど。
だから、私の答えは、命。
当たり前でゴメンだけど、その命すら、大事にしない人もいるからね。
ホント、人それぞれなんだな。
ある日の放課後、友達と校内で始めたかくれんぼがやけに盛り上がって、人気が消えた校舎には夕闇が迫ってきていた。
じゃあ、これで最後にしようか、と薄闇の中で誰かが言って、私達は隠れる場所を探して走り出す。ほどなく、音楽室へ続く階段の踊り場に置かれた用具箱を見つけ、体を縮めて何とかその中に身を隠す。
完全なる暗闇の中、ふと、隣に誰かがいる事に気付いた。だれ?と聞くと、りさ、と答える。友達の名前を聞いて安心するが、この暗闇には、二人入れるだけのスペースがあっただろうか?
ここなら見つからないかな?と、りさが聞いてくる。
声出しちゃダメだよ。聞こえちゃうよ。
そうだけど、でもさ、なんか怖くない?
怖いって何が?
・・・こんな所に、箱なんてあったっけ?
階段をゆっくりと下りてくる足音。
鬼が来たよ。りさの声。
一歩、一歩、鬼が近付いてくる。
私の耳元で、吐息のようにりさが囁く。
・・・ねえ、鬼って誰だっけ?
私達は、二人だけでかくれんぼを始めたはず。
一人が隠れて、もう一人が鬼だった。
そんな他愛無い遊びだったはずなのに。
叫び出しそうなのを懸命に堪えて、息を潜める。
思いもよらぬほど近くで、足音が止まった。
こんな時間に・・・誰か居るの?
担任の川村先生の声だ。
慌てて箱から出ようとするが、りさの手が私の腕をつかんで離さない。それだけじゃなく、何かが私の首に巻き付いている。
これはきっと・・・りさの髪の毛だ。
あれは、せんせい、じゃ、ないよ。
楽しそうな、含み笑いと共に、りさの声がする。
いつのまにか、暗闇に目が慣れてきた。りさの顔が、吐息がかかるほど私の顔近くに寄せられて、耳元で囁く。
あれは、せんせい、じゃ、ない。
私は気が狂いそうになって、箱から飛び出した。
・・・みぃぃつけた。先生の声。
朧月夜は更けてゆき、私は家に帰れない。
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次の日の放課後。
担任の川村先生から、階段の踊り場に落ちていたと言ってハンカチを渡された。見たこともない柄のハンカチ。片隅に名前が書かれていて、みなづき りさ、とある。
ごめんね。朝のうちに渡そうと思ったんだけど、どうしてもこの名前の持ち主が思い出せなくて。
あなただったのね。・・・今夜の鬼は。
そう言って、川村先生は笑った。
夕闇迫る二人だけの教室で、昨夜の鬼が笑った。
あれは、せんせい、じゃ、ない。