“岐路”
真っ直ぐ前には綺麗な女の人が
後ろに戻るのには顔を隠した青年が
脇に逸れるのには無邪気な笑顔の少年が
目を瞑って、深呼吸をした
目を開けると、彼らは溶けるように消え去った
はやく、はやくと声が急かす
焦らなくてもいいだろう。
直感に従うのもいい。
あえて避けていた道を進むのもいい。
回り道をするのもいい。
どこにも行かないのもいい。
最期は同じなら、思い切り好きなことをする方がいいだろう。
“世界の終わりに君と”
『あら、こんにちは』
荒廃した都市の残骸の中で商人が一人。
土で汚れた手を払いながら静かに微笑む。
見渡す限り死体は転がっていなかった。
「最後の一人を埋葬してたのかい?」
商人は私の顔を見た。
そして静かに首を振った。
『いいえ。二人よ』
崩れた壁にもたれかかって、長い睫毛を伏せる。
私が隣に腰を下ろすと、商人は言った。
『ねぇ、何か御話を聞かせてちょうだい』
「無茶を言わないでくれ。こっちだって眠りたいんだ」
『…そう。それなら私が話してあげるわ』
商人が紡ぐ言の葉に私は静かに耳を傾ける。
そうね、これは少し前の事ね。
ある日突然、空が真っ赤に染まったの。
それで、建物が次々に崩れていった。
まるで見えない何かに砲撃されてるみたいに。
ほとんどの生物が死んでしまったわ。
粉々になって、跡形も残らず。
どうにか生き延びた人間もいたけれど、食料は限られてる。
大人達の醜い争いが起こったわ。
でもね、生き延びてたのは大人だけじゃなかった。
当たり前よね。
まだ幼い双子がいたの。
偉かったわ。あの子たち。
お腹が空いてるはずなのに、泣き出してしまいたいはずなのに、せっかく苦労して手に入れた食料を、笑顔で、何もしないで喧嘩ばかりの大人達に分け与えた。
毎日毎日数kmも歩いて、食料を探して。
両手にいっぱい食料を抱えて戻ってきて。
それを全部大人に取られて。
私、あの子達にご飯を分けてあげてたの。
だって、あまりに可哀想じゃない。
私があの子達にご飯をあげるようになっても、変わらず食料を探しに行ってたわ。
でも、子供の足じゃそんなに遠くへは行けない。
だんだん持って帰れる食料が減ったの。
また、大人達が争って、沢山死人が出たわ。
可哀想に、あの子達病気にかかってしまったの。
そんなんじゃ食料を探しになんて行けないから、私がずっと面倒を見てた。
残った大人は飢えてようやく気がついたのね、でも、もう遅かったわ。
水も、食料も、もう残ってない。
そうやって大人はみんな居なくなったの。
双子は、私が目を離した隙に死んでたわ。
二人仲良く抱き合って。
ピストルが落ちてたわ。
心中したのね。きっと。
『……ねぇ』
『………………ああ』
『眠ったのね。私も、あなたと一緒に眠ろうかしら』
“最悪”
屋上。
大嫌いなアイツがフェンスの外に立ってる。
深呼吸をして、フェンスを乗り越えた。
フェンスを掴んだまま縁を進む。
「何してんだよ」
こちらに気がつくと顔を顰めて言った。
それに答えずじっと目を見つめると彼は舌打ちをして居心地悪そうに目を逸らした。
そう。
屋上は立ち入り禁止だ。
今は互いにルールを破っている。
ストン、としゃがみ込んだ彼の金髪を風が弄ぶ。
今日は雲ひとつない快晴で、夕陽に赤く染め上げられた空はなんだか幻想的だ。
何も言わずに、唐突に、飛んだ。
一瞬襟を引っ張られたような感覚があって、気がついたら彼が隣にいた。
右手で襟を掴んでいる。
「最っ悪…!」
「最悪だな」
言葉とは裏腹に彼はとても楽しそうに笑った。
ああ、最悪だ。
そんな事を思いながら屋上のフェンスによじ登り、そのまま腰を下ろしてプラプラと脚を揺れさせる。
ようやく決心した頃にはもう日が沈みかけていた。
屋上の縁に足をつける。
深呼吸をしていると視界の端に誰かの髪が映った。
小さい頃はよく遊んだのに、中学に入ってから会わなくなった幼なじみ。
「何してんだよ」
思わず顔を顰めてしまった。
真っ黒な瞳にじっと見つめられて、落ち着かなくて目を逸らした。
監視されてるならお預けかと、諦めてしゃがむ。
地面を蹴った音がして慌てて顔を上げると、幼なじみが地面に向かって落下していくところだった。
咄嗟に身体を乗り出して服を掴んだ。が、重力に引っ張られて一緒に落ちる。
「最っ悪…!」
「最悪だな」
自分のタイミングで飛べなくて最悪。
でも、幼なじみと一緒ならそれはそれでいいのかも
“誰にも言えない秘密”
私ね、誰にも言ってない秘密があるの。
悪戯っぽく笑う君の黒髪が揺れる。
夕暮れの教室には2人だけ。
君はシャーペンを回しながらいう。
誰にも言ってない秘密、ある?
訊ねる君には応えずに、帰り支度を勧める。
君は少し不貞腐れた様な顔をしながら渋々机に散らばった文房具を片す。
「ねぇ、秘密ってどんなの?」
鞄を抱えて訊ねる。
えぇ〜?おしえな〜い!
君は少し不機嫌そうに教室を飛び出して、出入口で振り返った。
帰るよ!
手を差し出して、眩しいくらいの笑顔で言った。
君と一緒の帰り道が大好きだ。
君が、大好きだ。