未知亜

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3/23/2026, 9:33:00 AM

 二人っていうのは、もっとも小さな複数でかなり閉じた世界だ。

 誰に聞いたんだったかな。
 きみだったと思うけど。
 どこかで読んだ言葉を、きみから聞いた気がしてるだけかもしれない。
 そんなことがとても多い恋だった。

 そばにいると世界がどんどん縁取られて、知らない場所に連れて行かれた。
 それがすごく怖くて楽しくて、たまらなく幸せだったよ。
 二人ぼっちみたいな気でいたのは私だけだったね。

『二人ぼっち』『バカみたい』

3/21/2026, 3:38:30 AM


 春の陽が注ぐ電車に乗って、穏やかに君が微笑んでいた。だからこれは夢だと思った。

 最近会った人に君のことを話したら、あなたは優しい人だねと言われた。そんなひどいこと言われてもその人に感謝しているだなんて。恨みを感じていないだなんて。
 そんなことないですよ、と私は言った。そうなんですかねえ、だったかもしれない。本当はどうなのか自分でもよく分からなかった。過去は美化されると言うし。夢も美化されると言うし。

 聞いてる? と君がまた笑う。いつもうわの空なんだから。
 どこに向かってるんだっけ。
 私は君の手を見て言った。鞄の上で指先を組んで、答えた声は上手く聞き取れなかった。
 車窓を水が流れていく。川だと思った瞬間に、それは海になり街になった。
 知らない場所ってわくわくするね。
 弾んだ声に抗えず、一瞬だけ向かいに目をやる。ちゃんと見つめてしまったら、自分でもよく分からないこの気持ちが、君をかき消してしまう気がして。

『胸が高鳴る』『夢が醒める前に』

3/19/2026, 10:10:53 AM

手持ちのカードで戦え
ルール知らんまま戦え
後出じゃんけんを戦え
正解は分らないが戦え
勝ちなど望まずに戦え
いのち尽きるまで戦え

負けなければ、それでいいんだ。

『不条理』

3/18/2026, 9:46:50 AM

 その子どもは一歩歩くごとに立ち止まっていた。壁に貼られたポスターの亀や、床に伸びた黄色のタイルを、速度を落としてあたしも眺めた。トーマスのリュックを右肩にかけ、父親らしき男性はすれ違う人の邪魔になりそうな時だけ、息子をさり気なく通路の端に誘導した。
 あたしも、真っ直ぐには歩けない子どもだった。この世界は刺激に満ちていて、ひとつひとつ明らかにしないでは先になど進めなかった。母はたびたび大声を出し、私の腕を強く引いては真っ直ぐ歩かせようとした。

 腕時計にチラと目をやった男性が、両手をじゃんけんのチョキにして横歩きをし始めた。
「あ! パパ、かにさん!」
 気づいた子どもが真似をしてカニ歩きで傍に寄る。
「ちょっと急ぐカニ。ついて来れるカニ?」
 子どもが楽しげに「いけるカニよー!」とスピードを上げる。おむつで膨らんだ尻が揺れる。

 羨ましいと思う気持ちと良かったねと思う気持ち。そのどちらもあたしの真実で今だ。
 遠ざかるカニ親子がぼんやり滲む。泣かないよ、こんなことで。こんなことくらいで今更。

『泣かないよ』

3/17/2026, 9:50:56 AM

「ごめん、なに?」
 名前を呼ばれて目を上げたら、君はわざとらしく呆れた顔をする。
「週末の待ち合わせ、変えてもいい?」
「あ、うん、いいよ。どこにする?」
 教室の中はさわがしくて、君は少し身を乗り出した。シャンプーの香りだろうか。お花屋さんの店先を通り過ぎたときみたいな、清々しい緑の匂い。
「コラッ、席につきなさい。授業時間ですよ」
 遅れてきた担任の声に、君が渋々席を立つ。
「あとでね」
 教壇から、次の学校に行くまでは我が校生徒の自覚を持って、などとお決まりの文句が始まった。年明けからいい聞かされ、もはやげんなりする言葉だ。『私、言ったよね?』と『申し訳ないけど』が口癖の年配教師はクラス中から疎まれてる。でもそれも、明日で終わり。
 通路を二つ挟んだ席で、耳に髪を掛ける君が見えた。真剣に話を聞くときの癖だ。本当に真面目で偉いなと思う。そして途方もなく可愛いと思う。

 これからも、今までみたいに会ってくれる?
 新しい友だちとの時間のほうが大切になったりしないよね?
 口にするのはまだ怖い言葉を舌の上だけで転がして、私はただ君を見ていた。

『怖がり』

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