撮ったばかりの画面のなかで、金色にたなびく穂が彼女の向こうに陽を受けて輝いていた。逆光だと変に目を合わせすぎずに被写体に向き合える気がする。
「今みたいな景色ってさ」
空を見上げ髪を押さえて君が言う。
「朝がくるのか夜になるのかわかんないね」
いつのまにか夜の紺が色を深め、昼の名残の桃色が彼女の指の先で境目を溶け合わせている。
「好きなんだよなあ」
輪郭を際立たせた幻想的な写真から目を上げる。街灯がパッと点いて逆光ではない世界で君と目が合う。
『逆光』
夢の中で僕らはひっそりと抱きしめ合っていた。
互いをこれ以上壊さないように
互いにこれ以上苦しくならないように。
ぎゅっとすればするほど
あなたがいなくなりそうで。
桃色に染まる空を見ながら
細い身体をただ抱きしめていた。
あんなふうに怒ったのは
つい期待してしまったから。
あそこまで詰ったのは
自分の延長みたいにいてほしかったから。
目が覚めたいま
こんなにも切ないのは
果てしなく広い宇宙で
あなただけだと思い込んでしまったから。
『こんな夢を見た』
しんとした空間に密やかな振動が起こる。シャーペンを走らせていた手を止めて、君が画面を覗き込んで笑った。
――ごめん、行くね。
小さな声で囁いて君が荷物をまとめ始める。聞こえない振りをすると、君はさっきより近づいて
――ごめん、行かないと。
と肩に手を触れる。あたたかな息が耳の後ろにかかる。
辞書のたくさん並んだ書棚のあたりを見て、私は聞き分けよく頷く。
放課後の図書室で背中をまた見送った。タイムマシーンがもしもあったら。あの子より先に出会っていたら。あんなふうに君を呼び出すのは私だったのかなとか思う。
『タイムマシーン』
既読のまま返事の途絶えたトーク画面をどのくらい見ていただろうか。今夜はもう眠ったのかもしれない。急に持ち上げてデレたり、突き放してみたり。誘導尋問にまた引っかかった。譲るつもりで言った言葉に君は容赦なく頬を張る。「私を利用しないで」と。
あなたと言葉を交わす夜はね、何も手につかなくなるよ。急に喉を噛まれ逃げ出した手負いの獣。こんなにもドキドキしてこんなにも心細い。弱いように見せて君は決して傷つかない人だから。道を間違えるのはいつでも僕だった。
箱を開いても開いても新たな箱の出てくる感じ。僕も大概懲りないな。あなたのいる水面はきらきら輝いて手が届きそうに見えるのに、実際はあまりに遠いんだ。
治ったはずの傷口から紅色が流れつづける。だらだらと水底へ滲んで溶けて、痛みもなく命を削る。それすら愉しんでいるのだろうか。ほかでもない僕自身が。
煌めく水面を僕は見上げる。今夜が特別な夜になる。君の友だち登録をそっと解除した。
『海の底』『特別な夜』
表通りに出ると、目の前を黒い影が横切った。強い風のなか、ムクドリの群れが次々と植え込みに集まり一斉に飛び立つ。
右手にポケットに突っ込みかけて、親指に
チリリと痛みを感じる。治りかけたひび割れが、いつの間にかまたパックリ口を開けている。
ホバリングして地面に一旦降りた一羽が、仲間の動きを真似て電線に飛んでいった。後から来た一群が次々とそれに続く。歩道橋をのぼって、幹線道路を見下ろして僕はひとり風によろけた。
いま会ったばかりなのに。
『君に会いたくて』