ㅤ声を聞いているうちに、涙が溢れてきた。震える声を気づかれても良かった。今更良いとこだけ見せるなんて出来ないもんね。
ㅤ誰しもそれぞれの正義を振りかざして、ただ幸せになりたいだけなんだってようやく分かった気がする。誰も悪くない。だからこそ、私はこんなにも辛かったんだ。
ㅤ大丈夫。いま君は誰かのものだってちゃんと知ってるから。誰よりも君に聞いてほしいと思ったんだ。弱音、今日だけ許してよ。
『今日だけ許して』
ㅤ浴衣から覗く丸い踵が、歩くたびに見え隠れする。右足の隅が赤く腫れている。
ㅤ交差点を渡った君は、手に掛けたビニル傘を広げた。角の向こうから現れた相手に笑顔で手を振る。
ㅤ雨に煙る街、寄り添う君と誰か。それは僕の見る夢の、僕なのかもしれない。
『誰か』
遠い足音。
何を言えばこの人に響くのか。分からなくて涙が出る。
遠い足音。
昔から碌な結果を運ばない。
夕暮れに帰宅する母親の空気。不機嫌さを孕んだ父の、圧倒的な戦慄。静かな部屋にぴしりと破滅の気配が走る。
そしていま、近付く足音。惨めな時間の始まり。
なにも出来ない自分を、思い知るのみ。
『遠い足音』
ㅤ最高気温が昨日より11度下がった。涼しいというより寒いくらいだ。長い長い、永遠とも思える夏が過ぎると、秋をすっ飛ばして冬が来るらしい。 四季は一体どこへ行こうとしているのやら。
「秋ってさ、2週間しかないよね」
電車のドアにもたれ、君は空を覗き込むように窓の外を見上げた。
「何情報よ、それ」
「え? 私調べかな」
目線を外に向けたまま、君が呟く。なるほど、一理あるなと思う。
以前は季節の移ろいをじっくりかみ締めていられた気がする。少なくとも、夏はこんなに過酷じゃ無かったし。けれどここ数年は、ある日ストンと気温が下がり、一気に冬になっていく。それこそ2週間くらい経ってから、あれって秋だったんだと分かる感じ。
ホームに降りた君は人波をよけて立ち止まり、すっと足を開いた。腰を落として手を広げ、すうぅと深呼吸する。
「なんかさ、ちゃんと受け止めたくなったよね、秋ってやつを」
なんたって2週間だけの季節だから。
いつものおかしな理屈に笑いながらも、君の隣で真似して腰を落とした。
『秋の訪れ』
ㅤ元のルームに戻って来た私たちは、皆晴れやかな顔をしていた気がする。先生の声が穏やかに響いた。
「皆さん、二日間お疲れさまでした。最初にお話ししましたように、キャリアデザインとは人生そのものです。二日間でご自身の捉え方が随分違ってみえてきた方もいるかもしれません。迷うことがあれば、またいつでも頼ってくださいね」
画面に区切られた顔が、ばらばらな動きで頷く。さっきまで同じトークルームに割り当てられていたヨナさんの、くしゃっとした笑顔が見えた。暗そうなんて最初に考えちゃってゴメン。言葉をしっかり選んで慎重に発言するところ、とても素敵だと思ったよ。
相談員に勧められた人、三か月経っても内定の出ない人、家族と意見が合わない人、就業中も失業中もいっしょくたで、いろんな人がいた。そんな「たまたま」が重なり合って、さっきまで言葉を交わして。今はただキラキラしている。この「たまたま」が、またどこかで一瞬でも交わったなら面白い。
「どうぞこれからも、学び、悩み、ご自身の未来を一歩一歩辿って行ってくださいね。今日集まった皆さんの旅が、実り多きものになりますように」
先生のそんな言葉に、拍手やハートのアイコンがひとつ、またひとつと浮かんでは、画面の中へ吸い込まれていった。
『旅は続く』
#200